Drunk It [Poison] Blood 10
「ところで此花君ってアメリカ出身よね?」
「ええ、そうですが」
だから何だとばかりに返す此花に取り付く島の無さを感じながら、晶は意識を若干調査の方へ傾けながら何でもないように言葉を続ける。
「ブルームス君もそうだけど、随分日本語上手いわね。昔日本に住んでたの?」
晶も英語を話す事は出来るが、ブルームスと此花の日本語には遠く及ばないレベルでしかなく、晶は2人が"そういった教育"を受けてきたのではないかと疑っていた。
「いいえ、勉強しただけですよ。こっちに来るには必要なことですからね」
「へえ、日本に来るのが目的だったって事なのかしら?」
「目的というよりは手段ですね。永住が目的ですので」
「永住?」
勉強した、こちらに来るために必要だった。
此花に感謝しながらも無罪放免とするために疑い、そして悪い方に言質を取ってしまったと思っていた晶は警戒を解かずに問い返す。
「ええ、両親が日系人で日本はいい国だって聞いてましたので。住んでみて改めていい国だと思いましたよ。テロは少ない、食べ物は美味しい、水道水は飲める。唯一困る点といえば物価が高いくらいですが、インスタント食品に……なんというか、"イロイロ"入ってないと保障してくれるなら十分に出せる値段です」
「……わたし、日本に生まれてよかったわ」
「そう思いますよ。安全が金で買えるんですから、本当にいい国ですよ」
今までに見たことのない心からの嫌悪感を滲ませた表情に、晶はその"イロイロ"をぼやかしてくれた此花の心遣いに感謝する。
日本から出た事の無い晶でも、それがどれだけ不愉快な気持ちになれる物なのか少しだけ理解できたような気がしてしまったのだ。
「それで、短大卒業後はどうしてたの? 確かアメリカの卒業の時期って8月くらいよね?」
自身とは違う生き方をしてきた部下の人生に興味がある、あくまでその範疇から出ないように晶は問い掛ける。
結果的に此花を騙すような事になってしまったとしても、晶にとってはこれが部下のためにしてやれる事なのだ。
「卒業後はアメリカでお金を稼いでました。日本に来て暮らすって本当にお金が掛かるんですよ」
「ご両親からの援助は受けなかったの?」
鴻上製薬の内定が決まっているのにも関らず、此花が誰の支援も受けていない事に晶は疑問を感じた。
飛行機や衣食住等にある程度の支出をしてしまっても、1流企業である鴻上製薬ではたらいているのであれば2、3ヶ月後にはそれ以上の収入が手に入る。それをこれだけ頭の働く此花の親が理解していないはずがないと晶は考えたのだ。
「出来れば一緒に日本に来たかったんですけど、D.R.E.S.S.の戦闘に巻き込まれて死にました」
「……ごめんなさい。無神経なことを聞いてしまったわね」
先日ニュースで見たどこか遠くに感じていた、確かに世界のどこかで存在している戦い。
それが自身の隣に座っている男の身にも不幸をもたらしてとだと理解した晶は、思わず言葉を失ってしまった。
何でもないように紡がれたその言葉の内など、他人でしかない晶には分からないのだから。
「構いませんよ。こう言っては何ですが、だからこそアメリカから何の躊躇いも無く日本に来れたんだと思いますし」
「……此花君はD.R.E.S.S.が憎い?」
そう問い掛ける晶の脳裏によぎるのはグリーンアイドモンスターと名づけられた、シアングリーンのマシンアイを持ったD.R.E.S.S.。
その人を殺す事によって生きているのであろうそれと同じような存在がこの世界に蔓延し、そして今日も誰かの命を奪っている。
――わたし、何言ってるのかしら
晶は正義感に溢れたヒーローではなく、それらが引き起こす戦争によって儲けている同じサイドの人間だ。それでも家族を失った悲しみが軽い事ではないくらい理解しているというのに、晶は無意識にそう問い掛けてしまっていた。
「正直言えば、両親を殺したD.R.E.S.S.が憎いのは事実です。ですがこんな時代です、D.R.E.S.S.という道具が無ければ私も死んでいたかもしれません」
心無いと罵られてもおかしくはない晶の失言に、此花は悲しみも憤りも見せずに当然のようにそう返した。
最新にして最強の兵器であるD.R.E.S.S.が生まれた国であり、世界の経済の中央であったアメリカも、今では中東に続いてテロ多発国となっている現状。
21世紀初頭に問題となっていた一般人の銃の所持も、ナーヴスの普及によって問題視されなくなっていた。
「……ごめんなさいね、こんな話をするつもりではなかったのだけど」
「構いませんよ。それより時間大丈夫なんですか?」
その此花の問い掛けに晶はポケットから携帯電話を取り出す。
ディスプレイに表示された数字は昼休憩があと15分で終わる事を示しおり、箸を止めてしまっていた晶は慌てふためきだした。
「もっと早く教えてくれてもいいじゃない!」
「家事も仕事も出来る上司が、時間の管理が出来ないなんて誰も思わないじゃないですか」
そう言いながら口角を上げる此花を軽く睨みつけた晶は、行儀が悪いと理解しながらも急いで弁当の残りを詰め込み始める。
結果として此花に礼をするという目的は果たせたものの、部下に時間を教えられて弁当をお茶で流し込んでいる現状が晶にはとても情けなく感じられた。
――ああ、そうすればいいのね
そう胸中で呟いた晶の黒い瞳はベンチに置かれた売店の白い紙袋を捉え、そしてその脳裏には1つの案が思い浮かんだ。
「明日のお昼、楽しみに待っていなさい」
「ええ、期待しないで待っています」
――この、皮肉屋が
挑むように告げたその言葉にさえ皮肉を返した部下に、晶は顔が引きつるのを感じながら胸中で毒づいた。




