Start To World [Judgement] 6
「だから、あなたにはわたしを責める権利があるわ。止めておきながらあなたに殺人を犯させてしまった愚かなわたしを」
かつて小さな拳を解かせた晶の両手は、小玲の両頬を包み込んで自身を瞳を見つめさせる。
「言っていいのよ。あなたのお姉さんはわたしが父の思惑に気付けなかったから死んだ、わたしが殺したんだって。死ねって言われても死ぬ訳にはいかないけれど、あなたの感情から逃げる気はないわ」
「……それを仰られるのであれば、私はあなたの父を殺しました」
「あの人は許されない事をしたの。命を見逃されたというのに愚かな考えからわたし達を裏切ったあの人のために、あの子が傷つくなんてもうごめんなのよ」
全てを受け入れる。そう言っている晶の黒い瞳は隠し切れない後悔を露わにし、その顔にはどこか疲れたような笑みを浮かべていた。
復讐対象の娘。もしエイリアス・クルセイドに加わる事無く、復讐の道を模索し続けていたのならその身柄を利用しようとしたであろう女。
左手の薬指に付けられた指輪の感触を右頬に感じながら、小玲は拳を強く握りながら口を開く。
「……姉さんが電話で言ってたであります。上司は年下の癖にあれこれ指示を出してきて、事あるごとに小言を言ってくる面倒な女だって」
レイを見習って小玲が被り続けていた仮面が剥がれ落ちる。
想いも、思想も、その心に秘めていた炎もシニカルな笑みを浮かべる仮面が。
「でも、愚直なくらい真面目で、尊敬に値する人間だって言ってたであります」
そう語る紅蝶の声はどこか疲労を滲ませながらも、楽しげだった事を小玲は覚えている。
そんな姉に晶を裏切らせて、死なせたのは間違いなく自身なのだ。
4年の時を越えて目を背けていた事実と直面した小玲のブラウンの瞳の目には、うっすらと涙が浮かび始める。
「怒れる、訳ないであります、あな、たは、姉さんの憧れだったので、ありますから」
「……ゴメンなさい、小玲」
嗚咽で詰まる言葉、半生の間溜め込んできた感情達、姉が呼んでくれた名前。
もう小玲は抑える事が出来なかった。
「もう1人は嫌であります! 姉さんに会いたい! 母さんと話がしたい! 師叔と一緒に居たいであります!」
小玲は思わず晶に抱きつき、大声を挙げて泣き始めてしまう。
1人は嫌だった。
明梅は自分と生きる道を選んでくれなかった。
紅蝶は張の目を自分から背けさせるために遠くへ行ってしまった。
威曠はあわよくば紅蝶に対する商品として、ダメならば捨て駒として自分をそばに置き続けた。
もう嫌だった。
自分を置いて回り続ける世界が、姉と母と居たいという夢さえ見せてくれなかった時代が、誰かと共に在るには血で穢れ過ぎてしまった自分が。
ようやく会えたただ1人の男は、母のように自身のためだといって自身を遠ざけた。
確かにグリーンアイドモンスターから解放されるには、イヴァンジェリン達を認めさせる以外の方法はなかった。
確かに世界を回る事で新しい道を見つけることが出来たのかもしれない。
それでも小玲は願ってしまったのだ。
ただ傍に居たいだけ、ただ認めていて欲しいだけ、ただ名前を呼んで欲しいだけ。
それすら叶わない自身の全てが、小玲はただただ嫌だった。
「わたし達がずっと傍に居るから、レイ君とわたし達がずっと傍にいるから――」
暗い茶髪の頭を撫で、慟哭するその身をただ抱きとめ、晶は想い人と同じく擦り切れてしまった少女を受け入れる。
少女もまた、もう1人では生きていけそうにない。
だからこそ晶は、自身の罪ごと小玲を抱きしめて囁く。
「――あなたはもう1人じゃないわ。あの子もわたしも、ずっと一緒に居るから」
お互いに家族を奪い合った2人の女を、藍色の瞳とカメラのレンズだけが見守っていた。




