Start To World [Judgement] 1
トランシルヴァニアの申し訳程度に舗装された山道を1人の女が歩いていた。
ブルーのネルシャツの上にブラックレザーのフィールドジャケットを羽織り、黒いボトムの裾をコンバットブーツに入れている。
その無骨なファッションに身を包んだ女は、しっかりとした足取りでただ目的地へと歩みを進めていく。
――やっとここまで来れたであります
500mほど前方に見える古城と胸元で揺れる十字架を見比べた女――小玲は、どこか疲れたように胸中で呟く。
許されるのであればレンタカーで行きたいところだったのだが、左右から木の枝が突き出しているこの山道はそれを許してはくれなかった。
――よくこんな場所に住もうなんて思ったでありますね
下山しなければ買い物をする事は出来ず、山の麓にある町もお世辞にも栄えているとは言い難い。
しかし小玲は同時に、この僻地に古城を構える利点を理解できたような気がした。
車両が入れないこの山中は天然の要害であり、大規模な襲撃から古城を守っているのだ。
ようやく辿り着いた古城の木戸を小玲は強く叩く。
外壁の1部を蔦に覆われながらも荘厳な面影を湛える、まるでブラド・ストーカーのドラキュラの舞台のような古城。
痩せた木の隙間からは合金が窺え、古城の守りが完璧である事を小玲に理解させる。
やがて扉の向こうから硬質な足音が聞こえ、木戸に粉飾された合金製の扉が開かれた。
「アポイントメントは?」
そう言ってブラックフレームの眼鏡をかけた男が古城から顔を出す。
黒で統一されたテーラードジャケットとスリムボトム。
腰には銀の鎖が下げられ、左手首には銀のブレスレット、真っ白なインナーの胸には大きな銀の十字架が飾られていた。
「取ってあります」
「ではお名前を伺っても?」
「レイ、と申します」
その名前に男は眼鏡のレンズ越しに、藍色の瞳で小玲のブラウンの瞳を覗きこむ。
どこか懐かしいその光景に小玲が笑みを浮かべると、男は手を胸に当て恭しく頭を下げた。
「レイ様ですね、どうぞお入り下さい」
小玲は男に促されるままに古城へと足を踏み入れる。
その古城の内観は外観とは大きく違い、多少薄暗いもののとても綺麗に整えられていた。
何か思いついたように少し意地の悪い笑みを浮かべた小玲は、黒髪をサイドバッグに流した男へと視線を移す。
「あの、お兄さんのお名前をお聞きしても?」
「ジョニー、ジョニー・D・スミスと申します」
装飾の施された古城の内装から連想したドラキュラにはあまりにも血色がいい、名無しと名乗った男は肩を竦める。
その皮肉屋な口振り、面倒だといわんばかりの仕草、取り繕っている笑顔。
ついに我慢出来なくなった小玲は、手に持っていたボストンバッグを床へと放り出して男へと抱きついた。
「会いたかったであります、師叔!」
「……久しぶりだな、シャオ」
数年振りに呼ばれたその名前と数年ぶりに感じる髪を撫でる優しげな温もりは、とても優しい物に感じられた。




