No Chance In [Hell] 6
『証明して見せるであります。最強にして最悪の粗暴な妨害者、シャオこそが嫉妬狂いの化け物なのだと』
小玲がそう言うなり、ヴェンジェンシア・アグレッシャーのブースターは炎を伴う運動エネルギーを吐き出し、アナイアレイション・リボーンはカルフォルニアの夜空へと飛び出して行く。
リュミエール邸跡地から破壊対象の施設は距離にして約230km。時速500kmでの巡航が可能なアナイアレイション・リボーンであれば、妨害を加味しても30分掛からずに目的地に到着するだろう。
もっとも、その妨害すら想定の範囲内なのだが。
今回データの奪取を任務内容に盛り込まなかったイヴァンジェリンは、ヴェンジェンシア・アグレッシャーのミサイルポッドの1つに情報攻撃装置を仕込んでいた。
アナイアレイションは超高度からの対象の施設にミサイルポッドによる爆撃を行いながら突撃。地上に辿り着いた後に殲滅を開始、その最中にイヴァンジェリンが作戦領域内の全ての電子機器を破壊する。
全てのD.R.E.S.S.を機能停止に追い込んだアブネゲーションシステムすら跳ね除けたアナイアレイションとリベリオンならともかく、ただの人間達が作り上げたもの程度では稀代の天才の怒りを退ける事は出来ないだろう。
旧ロサンゼルスの街並みを眼下に、アナイアレイション・リボーンは徐々に速度と高度を上げていく。
公安が力を失い、あらゆる犯罪によって荒れ果てながらも経済にしがみつき続ける醜悪な世界。
金と暴力が最上位に立つこの世界をくだらないと思うも、正してやりたいと思うほど小玲は寛大にはなれなかった。
大好きな姉を小玲から奪ったのは、イヴァンジェリンが拒絶する前の世界なのだから。
やがてシアングリーンの視界で対象の施設を捕えた小玲は、思わず口角を歪めてしまう。
復讐を遂げられる嬉しさもあるが、それ以上にその光景が滑稽でしょうがなかったのだ。
都市部のいくつかは諸国の攻撃によって焼け落ち、ホワイトハウスですら今ではただの更地になっている。
だというのに、それは変わらぬ姿でそこに存在したのだ。
アメリカンヒーローが死に絶えた地であり、レイの復讐の原点であり、イヴァンジェリンが世界から逃げ出す切欠となった分水嶺。
元アメリカ国防軍D.R.E.S.S.フォース、ヴァンデンバーグ基地が。
だからなんだ、と小玲は口先で嘲笑う。
未だ残るイヴァンジェリンの技術を優先した結果であり、パーフェクトソルジャーの幻影に縋りつく愚かな人々の選択。そこには浅ましい取引や駆け引きがあったのかもしれない。
それでも、万が一などありえない。
どうせ全てを暴力で喰らいつくし、全てが生み出された戦火によって灰燼に帰るのだから。
内蔵された戦闘記録が、アナイアレイション・リボーンが教えてくれるのだ。
同じ装甲を纏っていたレイが、誰よりも近くに居たいと望んだ"彼"ならどうやって全てを葬るのかを。
『始めましょう。私達の戦争を、私達の復讐を、私達の粛清を』
小玲はシアングリーンの視界を目視認証で操作し、ヴェンジェンシア・アグレッシャーの短冊型の展開式連装ミサイルポッドが花弁のように開いていく。
4門の内3門が高速巡航ミサイルで、残り1門が情報攻撃装置。
ラスールとデスペラードとの最終決戦の時とは違い、破壊対象は動きようのない施設。セントリーガンなどで応戦されたとしても、いずれはイヴァンジェリンによって防衛装備は完全に破壊されるだろう。
負ける可能性がありえないからこそ、小玲は全力で殲滅に臨まなければならない。
理解してもらわなければ困るのだ。
勝機などありえないと、牙を持つだけ無駄なのだと、最強の存在が誰なのかを。
そしてアナイアレイション・リボーンは上昇をやめ、重力に導かれるままに眼下のヴァンデンバーグ基地へと突撃を仕掛ける。
ブースター群は眩い炎を吐き出し、シアングリーンの視界は小玲の視線に反応するようにしてターゲットマーカーを止めていき、3つの合金の花弁が高速巡航ミサイルを続けざまに数発吐き出した。
垂直下に飛び出したミサイル達は超高速で地上へと駆け抜け、小玲はその起動を追いかけるようにして装甲に包まれた情報攻撃装置を射出する。
ただの怠慢か、それとも施設がマトモに機能していないのか。
それを理解する事は出来ないが、第1陣が施設に喰らいついたのを確認した小玲は青白の装甲の下で口角を歪める。
流した血で喉を潤す戦争にして、与えた苦痛に嘲笑を浮かべる復讐にして、何もかもを奪い去る殲滅。
始めるのは、一方的な鏖殺だ。




