You Had Me At [Who] 2
「お前は2流だ、決して1流にはなれない愚か者だ。大体その格好は何だ、小僧の真似事か」
「それが、それが何か悪い事ですか?」
「別に。愚かだとは思うが、今更だな――今すぐ出て行け、ここは保養所でも託児所でもない」
「ですが、護衛は――」
「お前が居たところで何になる、あまりうちの者を舐めるなよ小娘。"アレ"には2流の愚か者を寄越すなと伝えろ。時間と金の無駄だとな」
まるでどこかの誰かにようにシニカルな笑みを浮かべたダミアンは、床に放り出されたままのボストンバッグを拾い上げて小玲へと投げて寄越す。
ジッパーが1度も開けられていない様子から、着替えすらしていなかったのだろうと察したダミアンは深いため息をつく。
親に頼り切りになるのではなく、むしろ利用する事で大人になった娘。
大人である以前に傭兵として完成しすぎていた少年。
付け加えるのなら、娘に害をなそうとしていた工作員の少年。
愛するがゆえに歩み寄れず、同等の存在として利用し、敵とみなして葬り去ったダミアンに膝を抱える少女を諭してやれるほどの器量はなかった。少なくとも本人はそう感じていた。
「ミスター・フリーデン!」
「……何だ?」
「師叔は、レイ・ブルームスはあなたにはどう見えましたか?」
突き放され"慣れ"ている小玲は悪足掻きでもなく、去ろうとするダミアンの背を衝動のままに問い掛ける。
その意図が理解出来ないダミアンは苛立ちを隠そうともせず、くだらないとばかりに肩を落とした。
「平然と嘘をつき、殺しを躊躇うこともなく、思うままに世界中を敵に回し、どれだけ傷つこうとフィオナを守り通した"1流の愚か者"だ」
そう言って今度こそ部屋を後にするダミアンの背を見送りながら、小玲は嘲笑するように口角を歪める。
立場に翻弄されたが為に、類稀なる才能を得た少女。
人々の善性を信じながらも、唯一の暴力に魅入られてしまった才女。
誰よりも早く大人になったが為に、人々の醜さと向き合い続けた交渉役。
家族を想うが為に強大な力を生み出し、救う為の力すら争いに利用した世界に絶望した天才。
凡庸とは言い難い4人の女に愛された師と、姉1人だけが愛してくれた自分。
同じ名を名乗り、同じ暴力として存在しているだけの自分が、"切り札"を焼き尽くす"化け物"になれる訳がないというのに。
どれだけ望んでも、自分は"模造品"でしかないというのに。
「随分怒らせたみたいだな」
「……ミスター・ローネイン、とミス・ヴェンツェル」
ダミアンと代わるように部屋に入って来た黒人の男と白人の女を、小玲は軽く会釈をしながら迎え入れる。
相変わらず無表情なヴェンツェルは無視して、小玲は苦笑を浮かべているローネインに肩を竦める。
ダミアンを説得するのは不可能で、自分は護衛を解かれる形でフリーデン邸を後にしなければならない。
自分が原因であるとはいえ、小玲にはそれがあまりにも情けなく思えた。
「お前宛に手紙が来てるぞ差出人は……名無しだ」
差し出された見慣れた運送会社の封筒を受け取った小玲は、偽名にして無名の差出人にあたりをつけて封筒を開ける。
中身は予想通り、座標が書かれたメッセージカードだった。
イヴァンジェリンに見捨てられなかった事を喜ぶべきか、薄れ始めている自分への関心を嘆くべきか。
どちらにせよ、小玲は解いていない荷物を手に旧モスクワに向かい、アレクサンドロフ家の護衛に就かなければならない。
いつから待たされているか分からない運送会社をこれ以上待たせる訳にはいかない、と小玲はボストンバッグを担ぎなおす。
次の行き先が指定されているという事は、まだ見捨てられていないと言う事。
通信の来ないこの状況も、小玲に困惑と僅かな安堵を与えてくれているのだから。
「この部屋、前は誰が住んでいたか知っているか?」
「いいえ、そういった話は聞いていませんが……」
「レイ・ブルームス、お前じゃない本物のレイだ。お嬢様の護衛で2回ほどな」
へえ、と小玲は半ば予想していたローネインの言葉に嘆息する。
護衛としては対象から遠すぎる部屋は当時の両者の信頼のなさ、そして惰性を産むほどの浅くはない関係性を感じさせたのだ。
しかし小玲にはそれよりも気になる事があった。
「当時の"彼"はミスター・ローネインにはどう見えました?」
「2面性の激しい、職務に真っ当な傭兵、といういったところか。正直言えば子供という印象を持たなかった訳じゃないが、同僚以上の仕事を見せられてしまえば、な」
そう言いながら、ローネインはテロリストに成り下がったかつての同僚に苦笑を深める。
一時はフィオナの婚約相手候補として名を連ね、フリーデン商会の次期会長に近いとされていたホロパイネン。
最後にはBLOODを用いた脅迫によってフリーデン商会を裏切り、ラスールにも裏切られた哀れな男。
功を焦るところがあったとはいえ、無能とは言い難かった同僚を哀れとは思う。だがローネインにはそれ以上の感情は湧かなかった。




