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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Judgement To [All] Another
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Her Name In [Nameless] Faceless 5

「ベルはいつからここに居るんだ?」

「ずっとだよー、お母さんがここに連れてきてくれたんだー」

「……そうか」


 躊躇いもなく返された答えに小玲は小さな手を握り返す。

 エヴァーグリーンは孤児を引き取って教育を施しているジュニアソルジャー育成機関であり、その孤児全員が戦災孤児という訳ではない。


 ベルは親に売られたのだ。


 粗暴に振舞っている小玲が丁重に扱われている事から、エヴァーグリーンが才能溢れる人材を求めていると理解するのは容易く、たとえ分かりやすい才能がない少女であっても教育次第では使い物になる。

 工作、暗殺、そしてハニートラップ。

 イヴァンジェリンの思惑があり、フィオナに疑われ続けていた。それでも少女らしい容姿は、エイリアス・クルセイドという特殊な環境に小玲を溶け込ませてくれたのだから。


 やがてカフェテリアに辿り着いた小玲は、自由な左手でスチールの扉を押し開ける。

 暖気と共に迎える癖の強い肉の匂いに小玲は顔を顰める。

 子供の多い環境から食事に期待していた訳ではないが、安っぽい肉の香りに喜べるほど小玲は飢えていなかった。


「ロレス、ご飯」

「あたしはご飯じゃないよ、ベル。それよりも彼女が噂の新入りかい?」


 白髪混じりのブリュネットのアップヘア、吊り上げ気味のアーモンド形の目の少女は、言葉の足りないベルに苦言を呈しながら値踏みするような視線を小玲に向ける。


 しかしベルの視線は安っぽい皿に乗せられた安っぽいステーキに向けられており、小玲は仕方ないとばかりに肩を竦めた。


「レイだ、ベルには……多分世話になるんだろうな」

「ロレス。その言い方だと、またその子が何かやらかしたのかい?」

「出会って数秒でジュースを撒き散らした」

「ああ、なるほどね。そそっかしいけど悪い子じゃない、ベルをよろしく頼むよ」


 世話を焼かれていたのか、それとも世話を焼いていたのか。小玲の嘆く状況を察したのだろうロレスは苦笑を浮かべながら、2人分の食事を大きなトレーに移し始める。

 片手を未だにベルに拘束されている小玲はロレスの厚意に感謝しつつ、手馴れていたその仕事に顔を顰める。


「なあ、私もそういうのやる事になんのか?」

「いいや、アンタは大丈夫だろ。なんせあの2人を1人でぶっ飛ばした期待の新人だ、下働きで時間を取らせる訳にはいかないって」

「あの2人?」

「リーとゾーイ、あそこに居る黒髪の2人組だ」


 小玲はロレスに促されるままにカフェテリアの端へと視線を向ける。

 1人は脇腹を庇うようにステーキにナイフを入れる少年。もう1人は鼻を覆うようにガーゼを貼った少女。

 その2人は小玲が路地裏で戦った少年少女だった。


「アイツらが何なんだよ?」

「レイにとっては大した事はないかもしれないけど、あの2人はウチじゃ上位の実力者なんだよ。リーは私の指導者でその強さは私が1番分かってるつもりだ」

「謝らねえぞ」

「謝罪なんかいらないさ。リーだって頭打ちにはまだ遠い、すぐに追いついてくれる」


 気を抜くなよ、とばかりにサバサバとした笑みを浮かべたロレスはトレーを差し出し、小玲はそれを受け取りながら胸中で判明したいくつかの事実を諳んじる。


 エヴァーグリーンに所属したジュニアソルジャーは、指導役のジュニアソルジャーとツーマンセルを組まされる。

 しかしツーマンセルはあくまで新入りを組織に馴染ませ、戦力の向上を図るためだけのものであり、実際の戦闘で必ず反映される訳ではない。


 エヴァーグリーンは秩序を重んじる反面で、実力主義から生まれたカーストのようなものが存在している。

 つまりカーストの上位であるリーとゾーイを倒してしまった小玲は、粗野な面を見せながらも組織に順応しているように見せ付ける必要があるという事だ。


 エヴァグリーンに目を付けられるには素質を見せ付ける必要があり、施設に存在するあらゆるデータを収めたサーバーに近付くには人々の関心から逃れる必要がある。


 相反するような条件に嘆息しながら、小玲は手近なテーブル席に着く。

 ドッグタグの意味、組織の目的、カリキュラムなどのデータ。

 未だ分からない事は多く、小玲はその全てに向き合っていかなければならないのだ。


 そして小玲の右手が柔らかな温もりから解放された次の瞬間、軽い硬質な音と共に赤いブラッドオレンジの果汁がテーブルに広がっていく。


「こぼしたー」

「……はいはい」


 アーモンド形の目に涙を溜めて袖を引く少女に自分のジュースを手渡しながら、小玲は苦笑顔のロレスが投げて寄越したナプキンに手を伸ばした。

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