Her Name In [Nameless] Faceless 3
「そこまでだお嬢さん、随分派手にやってくれたじゃないか」
「しつけがなってない犬が大事ならちゃんと繋いでおけばいい。こっちはアンタらが売ってきたケンカを買っただけだ、文句は言わせねえ」
スーツ姿の男の言い掛かりに小玲は肩を竦める。
意識する言葉遣いはいつもの敬語ではなく、ぶっきらぼうで汚い言葉遣い。
両方がレイという先代の嫉妬狂いの化け物を意識したものだが、"親無しの少女"という役割を果たすにはそれがベストだったのだ。
「それは失礼したね。失礼ついでに聞かせてもらうが、君の名前は?」
「レイ、そう呼ばれている」
受け継いだ名前とも、元々の自分の名前とも言える名を小玲は平然と名乗る。
それだけの名前、使い込まれた銃、殲滅の行使権。
小玲が手にしているものはそれだけなのだから。
「レイ、だね。安心してくれレイ、もう君を襲わせはしない」
「はいそうですかって信用出来る訳ねえだろ。アイツらが余計な動きを見せたら、アンタも含めて全員殺してやる」
「おや、手心を加えられていたという事かな?」
「こっちは自分の身の安全が保障されれば何でも良いんだよ。殺さねえで済むならそっちの方が面倒がねえ」
「そうかい。面倒を掛けてしまった私が言っても信用は出来ないかもしれないが、これ以上君に面倒を掛けないように尽力はさせてもらうよ――話を戻させてもらう。レイ、君はヴェガスの人間ではないね?」
「ああ、ラスヴェガスは面白い場所だって聞いたから来ただけだ。何もかも期待はずれだったけどさ」
そう言いながらも悪びれる様子もないスーツ姿の男に、小玲は血が溢れ出す鼻を押さえながら睨みつけてくる少女に肩を竦める。
しかし先に仕掛けてきたのは少女であり、小玲はそれを実力を持って排除したに過ぎない。文句を言われる筋合いなどない。
そもそも弱いそちらが悪いのだ、と小玲は胸中で毒づく。
おかげで奪取するように言われたカリキュラムは小玲の中で疑わしいものとなり、その疑わしい物を奪うまでの間、生足を晒し続けなければならないのだから。
東洋人の運命とはいえ、いつまで幼く見られなければならないのか、と小玲は同じ東洋人であるはずの晶・鴻上とは違う人々の扱いを嘆く。
もっとも、全ての原因は小玲自身の落ち着きのなさなのだが。
「なら面白い場所に連れて行ってあげよう。レイなら、いやレイだからこそ連れて行きたい場所があるんだ」
「そこでリンチでもする気か?」
「違うよ。我々はとある慈善団体の1員でね、身寄りのない子供達を保護しているんだ」
「随分お優しい団体なんだな。身寄りのない子供に同じく身寄りのない子供を襲わせるなんてさ」
自分で自分を子供扱いする悲しみを押し殺した小玲の皮肉に、スーツ姿の男は困ったとばかりに肩を竦める。
「仕方ないだろう、遠くからはレイが弱いものいじめをしているようにしか見えなかったんだ。確かに格闘技なども教えてはいるけど、それだって護身のためだよ。子供達に戦わせるなんて出来ることならしたくない――それよりどうかな。今の君の生活レベルは分からないけど、1人で居るよりはずっと快適だと思うよ」
「それで、ついて行ったら私はどういう扱いになるんだ?」
「テストを一通り受けてもらってから実働の構成員になってもらいたい。まあレイの実力なら何の問題もないよ。息1つ切らさずに2人を倒してみせたんだからね」
悪びれるどころか善行を行っているとばかりに胸を張る男の態度に、小玲は嫌々ではあるが誘いに乗る事にする。
自分の価値は提示した、かつての師のように。
自分の暴力は行使した、かつての戦争のように。
自分の偽りの在り方は提示した、かつての愛しい日々のように。
あとは傀儡の糸の手繰り手に身を任せればいいのだ。
「いいぜ、精々楽しませてみろよ」
「出来る限りの尽力はさせてもらう。ようこそレイ、エヴァーグリーンへ」
握手を求めるように差し出された男の手を、小玲はキャップを目深に被りなおす事で無視する。
お互いに見える事はなかったが、両者の顔は思い通りに進んだ状況に歪な笑みを浮かべていた。




