Remember [Flame] 1
薄暗く、埃臭い、まるで独房のような小部屋。
扉に付けられた僅かな小窓から差し込むささやかな光は、金と青のツートンの髪を闇に浮かび上がらせていた。
椅子に縛り付けられた体の痛みに顔を歪めながら、ツートンの髪の女は俯いた顔にシニカルな笑みを浮かべる。
考える事は1つ。好き放題に生きていたツケが回ってきたと言う事なのだろうか、という事。
女の名前はメイン・クオーター、年齢不相応の実力と幸運を呼び寄せる何かを持っていた地質学者兼フリーのライターだ。
トリケラトプスの化石を掘り起こしたいと願い、重ねて来た知識はメインを1流の地質学者とした。加えて地質学者としての仕事がなかった頃でさえ、兄の影響で幼い頃から好きだったフットボール雑誌のライターとしての仕事はあった。
兄夫婦を含めた誰もがメインの事を無条件に愛し、机に向かう度に積み重ねた功績を賞賛した。功績を得るまでの努力を知り、その情熱が実を結んだとあれば喜ぶのも当然だった。
そんな彼女にとって、イヴァンジェリン・リュミエールによるサイバーテロ――ワールド・アブネゲーション後の国家の枠組みが形骸化しているこの世界は、とても都合が良かった。
行こうと思えばどこにでも行け、申請を出さずに調査をしていても何も言われる事はない。
しかし地質調査のために旧アゼルバイジャンで、メインは予想外の事態に巻き込まれていく事になる。
メインが調査を行おうとしていた土地で戦車による演習が行われていたのだ。
砲弾やキャタピラによる化石の破損を恐れたメインは演習をしていた人物らに中止を求めたが、申請も何もしていないメインの言う事を聞く者など誰も居なかった。
ついには頭に血が昇ってしまったメインは戦車に前に立ちはだかり、その結果捕えられてしまった。十代中盤で成長を止めたメインを捕えるのは、殺す事と同じくらいに簡単だった。
これではあの時と同じじゃないか、とメインは嘆息する。
メインは過去に旧ウェスト・オーストラリアでテロの切欠となってしまった事があった。
トリケラトプスの化石があると噂されていた鉱山を調査するために、メインはその鉱山を所有する軍需企業ムーアヘッドに調査を申請した。だがムーアヘッド社は申請を却下し、勢いのままに現地に着いてしまったメインは途方に暮れていた。
調査予定地は鉱山であり、その価値は埋蔵している鉱物にある。その他に価値を見出していないムーアヘッド社にとって、化石はその他のゴミでしかないかもしれない。
冷静に考えればそんな事はなく、化石が出た際の為の申し出をして置けばよかった。ムーアヘッド社の陰謀を知らないメインはそんな事を考える事も出来ず、見知らぬ男達の甘言に乗ってしまった。
そしてその男達は鉱山を武力占拠し、ムーアヘッド社が用意した戦力によって殺された。
自分がテロの引き金を引き、挙句の果てに彼らが死んだ事をニュースで知ったメインは呆然と街を彷徨い、そして出会ってしまった。
日常の証である兄嫁と同じ黒髪を持った少年に、最強にして最悪の暴力に。
メインは相手が子供と知りながらも、レイ・ブルームスという哀れな傭兵に無責任に縋りついてしまったのだ。
しかしかつて自分を救ってくれた少年は遥か遠くに行ってしまい、かつての自分は必要だったとはいえ少年を置いてイギリスに帰国してしまった。他ならぬレイにそう促されていたとしても、メインにはそれが不義理に思えてしょうがなかったのだ。
良ければ家族に身代金の要求、悪ければこのまま無残に殺される。
自分の失敗をカバーしてくれる存在も、守ってくれる存在はもう誰も居ない。
ならばもう、メインに出来る事は大きな力に身を委ねる他はない。
たとえそれが、かつて身を委ねていた歪な安寧でなかったとしても。
そして突然扉が開かれて溢れ出した光に逃れるようにメインは目を閉じる。
体は未知の恐怖に震えだし、歯は訪れるだろう暴力にガチガチと音を立て始める。
いつも誰かに守られていたメインに暴力に対する抗体などある訳がないのだ。
しかし覚悟していた痛みは訪れる事はなく、それどころかロープで拘束されていた体が途端に解放感に包み込まれた。
まぶたの向こうに確かに存在する恐怖に抗いながら、メインはゆっくりと目を開ける。
未だ眩しい灯りは入り口によって縁取られ、この部屋を監視していたのだろうスーツ姿の男達は床に倒れ臥していた。
恐る恐る視線を床から上げたメインは、その光景に思わず息を呑んでしまう。
自分を救い出しに来れくれた暴力は、既視感のある鋭い眼光をメインに向けていた。




