Return The [Party] Clasher 1
旧ロングビーチ地区、海岸沿いの通り。
かつての賑わいを失い、一部では半壊している建物すらあるその通りのバーの扉が開かれる。
一切の物音が店内にコンバットブーツの分厚いソールが鳴らす音が響き渡り、歓迎されていない雰囲気に招かれざる客は深いため息をつく。
実の父にして雇用主であった威曠・王が酒好きな事もあり、小玲は酒やそう言った場所が好きになれないでいる。思い返してみればエイリアス・クルセイドの3人も、リュミエール邸に宿泊していた2人も飲酒していなかった事が、その感情に拍車を掛けているのかものかもしれない。
もっともその嫌悪感ですら、飲まず嫌い知らず嫌いの産物でしかないのだが。
「あなたがノウマンですね」
バーの奥へと踏み込んだ小玲は、シートでウォッカを煽っている男に問い掛ける。
上等なスーツ、テーブルに置かれたハット、皺こそ増えているが見覚えのあるスキンヘッドの男。
その男は胡乱げな視線を小玲に向け、やがて観念したようにため息をついた。
「ここはバーだ、子供の来る場所ではないよ」
「東洋人が見た目通り若いと決め付けるのは早計では?」
そう言って小玲はサングラスを外しながら、断りもなくノウマンの正面のシートに腰を掛ける。
小玲はレイのおかげである程度なら、口先だけで渡り歩けるようにはなっていた。
もう少し優しくしてもらいたかったという点においては不幸に見えるかもしれないが、他ならぬレイのおかげでという点においては小玲は幸運だった。
女の1人旅は余計な苦労も、つまらない危険も多かったのだ。
そのせいでコンバットブーツのスティールトゥの革は薄くなり、血を吸い込んだ靴紐は何本取り替えたかも分からない。
一切の被害を被っていないとはいえ、過ぎた行動を取ればイヴァンジェリンの評価を著しく下げてしまう事になる。
早く認められてレイの元に帰りたい小玲にとって、それは何としてでも避けなければならない事なのだ。
「……昔これと同じようなやりとりを、同じような十字架を首に掛けた男としたのを思い出したよ。君は?」
「私はレイ、イヴァンジェリン・リュミエールの遣いです」
「……まだ許されてないという事か、彼女の"彼"への過保護振りは何なんだろうね」
"レイ"と名乗る女の胸元に輝く銀の十字架を見つめていたノウマンは、見当がついたとばかりに肩を竦める。
イヴァンジェリンに好かれていない事は理解していたつもりだが、ノウマンが洩らしたレイ・ブルームスの情報は周知の事実のものでしかなかった。
だというのにイヴァンジェリンはノウマンを脅し、現在の一方的な協力関係を結ばせたのだ。
しかしそんな事は知っていても関係ない小玲は本題に入る事にした。
「私とあなたが知るべき事ではありません。それよりも欲しい情報があって来ました」
「欲しい情報は旧エルモンテ地区の兵器開発工場とそこで作られている物。合っているかい?」
「……腐っても、という事でしょうか」
「そこは年の功と言って欲しいね。カンフーマスターなんかも歳を取ってる方が強いんだろう?」
「フィクションと現実をごっちゃにしないで下さい。そんな事より情報を聞かせてもらえませんか」
ニヤリと笑うノウマンへの関心を呆れに淘汰された小玲は、胸元の十字架を指先で玩びながらため息をつく。
要求をする前に欲しい情報を言い当てた事は凄いが、フィクションとリアルを混同している情報屋など信用できるのだろうか。
情報屋を利用した過去を棚に上げた小玲のその考えは、テーブルに広げられていた新聞紙の間から引き出された1枚の地図に覆される。
「それはもっともだ、現実の方がいくらか刺激的だからね――これがお望みの施設の所在地だ」
「……この時代に紙に手書きですか」
「データと違って燃やしてしまえば何も残らないからね。文句があるなら返しておくれ」
「ありがたくいただいておきます」
師譲りの皮肉を吐き出した小玲は、慌ててノウマンの手から地図をひったくる。
少なくともイヴァンジェリンにはその情報もサンドキャニオンの情報も手にする事は出来ず、ノウマンの情報にはカメラの位置から通風孔の行き先まで載っているのだから。
「ここで作られている物の情報は?」
「全く、ただの老人ばかりに期待し過ぎだよ。ソレに関しては詳細な情報は得られなかったが、工場に持ち込まれている物資の情報は手に入れたよ」
人使いが荒すぎる、と嘆息したノウマンは、新聞紙の間から更に1枚の写真を取り出す。
写真に写されていたのは1台のトラックで、その荷台には特徴的なコンテナがついた腕と光を失ったマシンアイが並んだ球形の頭部が乗せられていた。




