Never [Surrender] 2
確かにレイが言っていたように、大統領夫人としての暮らしはとても良い物だった。
微笑めば誰もがレジーナを賞賛し、縋りつけば兵士達は喜んで戦場へと向かった。
そしてそれも過去の話。
レジーナは国家を弱らせた毒婦とされ、グラエムは少ない戦力を集めて要塞に立て篭もっている。妻であるレジーナを囮にして。
どうしてこうなってしまったのだろうか、とレジーナは天井を見上げる。
美しい細工が施されたシャンデリア。かつては豊かだったエジオグ邸にもなかったそれは、流麗なデザインに見合った高価な品だった。
豊かな暮らしはそれなりの幸福を与えてくれた。この日まで愛情を注ぎ込んでくれたグラエムに何も思わなかった訳ではない。
だが、レジーナはそれ以上にレイと共に在りたかった。
長い反政府活動のおかげで裕福な生活への憧れなどなかった。綺麗な宝石も、素敵な洋服も、装飾過多な屋敷も要らなかった。
寒気がするようないやらしい視線を向ける事もなく、約束通り自分を守ってくれたレイと一緒に居たかっただけなのだ。
しかし、とレジーナは何もかもを諦めたように自嘲するような笑みを浮かべる。
外から鳴り響いてきた轟音は門が破壊された証であり、彼らは自分を許しはしないのだから。
レジーナはポケットにしまいこんでいた銃を取り出す。
装飾も何もない、機能美と傾向性だけに優れた小さな小さなデリンジャー。
あの日、愛しい男に向けたその銃口をレジーナはこめかみに押し当てる。
戦う勇気も、失うプライドもない。それでも、レジーナは嫌だった。
最後まで誰かの思い通りに生きる事が、ただ無様に苦痛の日々を過ごす事が。
そしてレジーナが引き金に指をかけたその時、外から轟音が鳴り響き、屋敷を大きく揺れ動かした。
迫撃砲とも違う。戦車の駆動音とも違う。シュプレヒコールすら掻き消したその音の正体を探るべく、レジーナはデリンジャーを手にしたまま立ち上がり、ゆっくりと窓へと歩み寄る。
2階のテラスに続くガラスの向こうの世界は、レジーナの知っている物とは程遠いものとなっていた。
頑丈さだけが取り柄だった門は吹き飛ばされ、美しかったはずの庭園にはクレーターが刻まれ、そのクレーターの中央には青白の装甲を纏う巨体が居た。
「なんで、D.R.E.S.S.が?」
レジーナは訳が分からないとばかりに呟く。
ワールド・アブネゲーションという、イヴァンジェリン・リュミエールによって起こされたサイバーテロによって消えた兵器D.R.E.S.S.。それも見た事がないD.R.E.S.S.が鉄塊を振り回して暴徒達を葬っていたのだ。
その視線に気付いたのか、見た事のないフォルムの巨体はシアングリーンのマシンアイでレジーナを捉えて自身の遥か背後を指差した。
それに吊られてレジーナがそちらへ視線をやると、そこにあったのは物資が無理矢理詰め込まれたジープがあった。
「ありがとう」
聞こえるはずがないと知りながらも呟いたレジーナの言葉を切欠に、青白のD.R.E.S.S.は暴徒の生き残りへと向き直り、背部ブースターをフルブーストさせて飛び出した。
踵の高いヒールを脱ぎ捨ててレジーナは1階を目指して走り出す。
かつて反政府組織を率いていたレジーナを恐れ、グラエムは外部の情報をほとんど得る事が出来ないようにしていた。
それでもレジーナは知っている。
シアングリーンのマシンアイの意味を、嫉妬狂いの化け物と呼ばれていた男の名前を。
鼻筋の通った派手な美しさを湛える顔からは自嘲と諦観の笑みが消え、レジーナは数年ぶりに心から笑えているような気がした。
最後に吐き捨てたあの言葉は、紛れもない嘘だったのだから。




