Dearest [Death] Dealer 1
アテネの一等地に建てられた屋敷、煌びやかな調度品と武装する男達に囲まれた応接間。
剣呑な空気が広がるその室内で、2人の男が向き合って座っていた。
暗めの茶髪をオールバックにしたダークグレイのスーツを纏う男は険しい顔を隠そうともせず、緑色の瞳で対面する男を値踏みするように見やっていた。
その視線の先には黒髪を毛先を遊ばせる程度にいじり、レザーで出来たフィールドジャケットとデニムのボトムという対面する男のフォーマルな様相とは正反対の格好の少年が居た。
「言っている事は理解している、そちらの温情はありがたい限りだ。しかし、そう簡単に信用出来るとでも?」
40は過ぎているであろうその男――ダミアン・フリーデンは、地を這うようなバリトンの声で対面する少年へと問い掛ける。
ダミアンにとって黒髪の少年の提案は、それほどまでに信用しきれないものだった。
しかし少年は笑みを浮かべて当然のように言葉を返す。
「そうは仰いますが、私達の目的はそれだけです。あなた方にとっても決して悪くない話だと思いますが?」
「良し悪しで言えば最良であることは考えなくても分かる。それでも国連がわざわざ俺の娘の為にボディガードを送り込んでくるなど、どう考えてもおかしい」
国連の人間である事を示すID、フィールドジャケットの袖から覘く何でもないブレスレット共に着けられたバングル。
年端もいかぬ少年を構成しているそれらにダミアンは疑惑を抱いされていた。
自身の組織ですら、数を持ち合わせていないD.R.E.S.S.という武力を保持する国連所属の少年。
外聞が良いとは言えないその存在が秘匿されていた事に納得は出来るものの、幾つもの修羅場を潜り抜け、今の立場を不動のものとしたダミアンの警戒心がそう訴えるのだ。
「何を仰るかと思えば。ナイフの1本からD.R.E.S.S.の武装まで扱う世界最大の武器流通組織、フリーデン商会のご息女様がテロリストに狙われている。国連が人員を割くには、十分な理由だと思いませんか」
「それでお前のような小僧1人を送り込んだというのか? 武器という争いの種を、金でやり取りをするこの組織に」
ダミアンの威嚇するような言葉に、壁際に立っていた組織の人間達はその存在を理解させるように武装をちらつかせる。
国連からのボディガードを名乗る男は間違いなく少年であり、ダミアンを含めた組織の人間達は提示されたIDを確認した上で、その少年こそがテロリストなのではないかと疑っていた。
しかし少年はダミアンの鋭い眼光を受けてなお、飄々とした態度を崩さずに口を開いた。
「フリーデン氏のご息女様は護衛がお嫌いだとお聞きました。だからこそ上は私という、ご息女様と近い年齢の戦力を送り込んだんですよ。何より、上は必要悪というものを理解しております。武器があろうとなかろうと人々が居る限り争いはなくなりはしません。ならば人々が安易にそれを手に出来ぬよう管理する人間が居ればいい。それだけの話ですよ」
「ほざいたな、小僧」
「ええ。我々としてもアマチュアが戦場に居るというのは、些か心苦しいものがありましてね」
「それが本音か? 生意気な小僧だと思っていたが、いっぱしのプロ気取りとは恐れ入るな」
両手を広げながらそう嘯く少年に、ダミアンは皮肉を言いながら思索する。
目の前の男がテロリストであろうとなかろうと、直接的な手段が考えられる程度に事態は緊迫したものとなっている事は疑いようもない事実である。
そして厳重な警備を敷いている屋敷から滅多に出ないダミアンの妻はテロリストの脅威に晒される事はないだろうが、学校に通う思春期の娘はそうはいかない。
何より商会の人間のほとんどの顔をダミアンの娘が知っている以上、護衛を外から雇わなければならない事に代わりはなく、ダミアンは覚悟を決めた。
「いいだろう、こちらの出す条件を飲めるのならば受けてやる。ところで、宿はもう取っているのか?」
「いいえ、まだですが」
突然のダミアンの問い掛けに少年は初めて表情を崩して眉をしかめるも、おそらく自分に監視をつけるのだろうと胸中でその疑問を自己解決する。
お互いが十分な戦力を有している以上、手放しで信頼し合える訳がないのは当然なのだから。
そしてダミアンはその答えに満足げに口角を上げ、鋭い眼光で少年を捉えながら考え込むようにあごに手をやる。
「ならば都合がいい、今日から問題の解決まで小僧にはこの屋敷に住んでもらおうか。外向けの理由は……小僧はアメリカからの留学生、フリーデン商会は武器を扱う組織である以上纏わり着く悪印象を払拭する為に、アメリカからの時期外れの留学生を受け入れて、帰国した際にクリーンさをアピールさせる、というのはどうだ。あいつの通うハイスクールは留学生を受け入れる制度はないが、近くのハイスクールの籍を偽造すればいい」
「随分と無理矢理な理由付けですね」
「無理が通れば道理は引っ込むものだ。D.R.E.S.S.が生まれた時、世界中の人間がそれを理解させられただろうが――分かっていると思うが、妙な真似をしてみろ。我が商会一押しの品、D.R.E.S.S.規格のアンチマテリアルライフルでその頭を吹き飛ばしてやる」
言葉以上の殺意を孕ませながらそう言うダミアンに、少年は思わず嘆息してしまう。
そう簡単に信用されると思っていた訳ではないが、そのダミアンの度重なる脅しに少年は辟易としてしまっていた。
「恐ろしい限りで。では早速、荷物を取って――」
「それには及ばない――おい」
ダミアンがそう言うなり従者の男は、少年が駅のロッカーに預けてきた筈のカーキのボストンバッグをローテーブルへと置いた。
目の前に置かれたボストンバッグのジッパーから、白いインナーの端がはみ出している。
中身を確認されてしまった事はともかく、その雑な扱いに少年は何度目かの嘆息をする。
「見るのは勝手ですが、せめて丁寧に扱って欲しいものです」
「そう言うな。しかし服とアクセサリーのみという荷物は、国連の人間としてどうなんだ?」
「どうでもいいではないですか。今の私はアメリカからの留学生なんですから」
たった今付属した身分を口にする少年にダミアンは笑いを堪え、少年は鬱陶しさから皺を寄せてしまいそうになる眉間に力を入れて我慢する。
ここまで我慢したの少年だからこそ、ここでその努力を無為にするのは望むところではないのだ。
苛立ちを紛らわすように少年は嘆息しながら、腰掛けていたソファから立ち上がる。
「どうやら口は達者なようだ、成果にも期待させてもらうぞ。何か必要な物はあるか? ――銃やD.R.E.S.S.装備以外で、だが」
「なら結構です。お気遣いありがとうございます」
「思っても無い事を言う必要はない。あと、せめてバングルを隠す努力をしろ。あいつに小僧が護衛だとばれるのは余り良くはない」
張り付いていた笑みが崩れ始めた少年に、ダミアンは苦言を呈す。特別な知識がなければ特殊なデザインの腕時計に見えない事もないが、どこからでも情報が得られる以上、ダミアンは娘がそれに気付くのだけは避けたいのだ。
しかし少年はダミアンのそんな心情を無視するように、そして当然のように言ってみせた。
「大丈夫ですよ、今は意図的にお見せしていただけですので」
「……本当に口の達者な小僧だ。おい、客室へ案内しろ」
ダミアンはそう言いながら従者の1人に少年を客前へ案内を命じ、少年はインナーがはみ出したままのボストンバッグを手に持って従者に連れられて応接間を後にした。
今のところ、敵でも味方でもない。
そう胸中で結論付けるも、自分のせいで娘を取り巻く環境を変えてしまった事にダミアンの心は落ち着かない。
荒れる心を誤魔化すようにダミアンは手で合図をして、従者にノートパソコンをローテーブルに置かせた。
武器商人という職業は敵を多く作り、敵でなくても所有する武器を狙って敵対する者が多く、ダミアンは情報を得る為に金に糸目はつけなかった。
そしてダミアンは世界で有数の人間しか使うことの出来ないデータベースへアクセスし、調べてみるもディスプレイに表示されるのは少年の口から聞いた情報と同じ物だった。
「……レイ・ブルームス、か」
疑わせながらも面白いと思わせた少年に、ダミアンは刻み付けるようにその名前を呟いた。