If [Nine] Was [Six] 8
「やはりカラーリングがご不満なようですね。私も実用的なカラーリングを提案したのですが――」
「黙れ、安っぽい考えでレイを利用させはしない」
「……全く、何が言いたいのかさっぱりですよ」
「ヘンリー・ブルームスの次はレイをプロパガンダにするつもり、浅ましい魂胆が見え見え」
眠そうに半分閉じられていた目を鋭くして睨みつけてくるアイリーンに、ジョナサンは困ったとばかりに額に手を添える。
代表取締役として敬われていないのは分かる。
レイから引き離そうとしている事が気に入らないのも分かる。
だがアイリーンがここまで強硬な姿勢を取るとは、ジョナサンは考えもしなかったのだ。
ジョナサンは隣に当人が居る事も忘れて苛立ちから吐き捨てたアイリーンに嘆息し、説得は無駄と判断する。
いかに秀逸な言葉を紡ごうとも、感情論には感情論しか通じない。耳を塞ぐ手を退けるには力ずく以外の手段じゃないのだから。
「愛する息子を誰もが尊敬するアメリカンヒーローにする、そんな夢を見る事が悪い事ですか?」
「戦場に出る事が愛国心だというなら、アナタがこれを使って戦場に出ればいい。息子を戦場にたたき出すより健全のはず」
「これが私なりの親心なんですよ。レイ君には生き残るための術を教えてきましたし、プライマル・セイヴァーは最新にして最強のD.R.E.S.S.です。可能な限りの施しは用意したのですから、問題があるとすればダガーハート小隊がレイ君に与えた影響くらいなものでしょう」
あくまで自分は悪くないと言うジョナサンの言葉に、一気に頭に血が昇ったアイリーンは拳を握って飛び出そうとする。
その拳は小さいとはいえ固く握られ、その指には十字架が彫られたメリケンサックのような指輪が嵌められている。アネットには見せなかったその本気に、レイは咄嗟にその小さな体躯を抱き寄せる。
45cmの身長差がある元軍属のベックでさえ素手で倒せるアイリーンが、戦場から長く離れているジョナサンを殴り飛ばす事は容易い。
だがその後に訪れる結末は、一時の気の迷いには過ぎたものだった。
「もういい、2人とも黙れよ」
「でも……」
「もういいんだよ。アイルが俺のために怒ってくれた、俺にはそれで十分だ」
悔しそうに歯噛みするアイリーンに、レイは微笑みかけながら肩を竦める。
かつてはジョナサンに裏切られた事に心を痛めていたレイだが、今はアイリーンが居る。兵器としてでも、誰かの代替でもなく、レイ・ブルームスを見てくれたアイリーンが。
それだけで本当に十分だと胸中に生まれた充足感を玩びながら、レイは微笑をシニカルなものに変えてジョナサンへと向き直る。
「アンタを親だと思った事はねえし、自分の女に色目を使う親なんていらねえ。それに俺とアネットがそういう関係での家族になったら困るのはアンタだろ?」
「……そうですね、その話は後日ゆっくりしましょう」
「その機会は永遠にねえよ。このデカブツはファイアウォーカーにでもくれてやるんだな」
しくじったとばかりに眉を顰めるジョナサンにそう吐き捨てて、レイはアイリーンの手を引いて立ち上がる。
態度やあらゆる面において問題があるが、レイが推したジャスティン・ファイアウォーカーはH.E.A.T.最強の傭兵だ。プライマル・セイヴァーという巨大なD.R.E.S.S.すら使って見せるだろう。
気に入らないが、ファイアウォーカーという傭兵はアイリーンよりも強いのだから。
「レイ君が断るのあれば仕方ありませんね。ミス・フェレーロ、あなたにプライマル・セイヴァーを使ってもらう事にしましょう」
意味の分からない事を言い始めたジョナサンに、レイは思わず足を止めて舌打ちをしてしまう。
レイがアメリカ国防軍の用意したD.R.E.S.S.を使用するという事が、アイリーンの危惧している"パーフェクト・ソルジャー"の代替になるという事は理解出来る。
しかしメキシコ生まれのマフィア子飼いのジュニアソルジャーだったアイリーンが、アメリカ国防軍に加わる事にはデメリットしか存在しない。
つまりはつまらない脅しだ、とレイはさっさと悪足掻きを続けるジョナサンに止めを刺さんと振り返る。
「ダガーハート小隊は降りるって言ったはずだ、耄碌した――」
「そう言えばレイ君、"夜"は眠れるようになりましたか?」
自分の言葉を遮るジョナサンの突然の問い掛けに、レイは思わず言葉を失ってしまう。
それは誰も知らないはずの、誰にも知られてはいけないレイの秘密だったのだ。




