If [Six] Was [Nine] 4
腹部には熱い激痛、むき出しの顔にはアスファルトの冷たい感触。
川崎の路地裏でかつて感じたことのない恐怖に諦観を抱きながら、かつて犯罪の片棒を担いでしまった女――晶・鴻上は乱れた息を吐き出す。
グリーンアイドモンスター、レイ・ブルームスが死亡した。
朝のニュースでそれを聞かされた晶は、心を乱したままフラフラといつも通り職業安定所へと向かった。
他人の死に立ち会った事がないせいか、かつての部下が死んでしまった事に現実感がなく、そして綴られた罪の羅列が晶に強く猜疑心を抱かせたのだ。
藍色の瞳の少年は日本に滞在していた間、自分の名前を名乗っていた傭兵1人を殺しただけだと言っていた。公安に突き出されることを恐れて嘘をつくくらいなら、父と共々自分を殺して地下プラントの爆破に巻き込んでしまえば追求は逃れられた。付け加えるのなら、そもそもヴィクター・チェレンコフから自分を助け出す必要すらなかった。
だというのにレイは、諸悪の根源である昌明・鴻上を殺さずに無力化して晶を助け出した。
誘拐に関してもおかしな点が多すぎる。
ロシアの下位議員エリザベータ・アレクサンドロフは事件後解放されたらしいが、D.R.E.S.S.の生みの親であるイヴァンジェリン・リュミエールに関しては行方不明となっている。
晶にはそれがイヴァンジェリン・リュミエールの生死を誰も知らないというのに、レイ・ブルームスの死亡によって事件の幕が降りたように見せるための印象操作に思えてしょうがないのだ。
人の関心に飢えた一方で、傭兵らしく無駄を嫌っていたかつての部下。
傭兵の任務が見方によって善良とも害悪とも取れる事は理解出来るからこそ、晶はレイが全ての罪を背負わされてしまったように感じられたのだ。
そして晶は1つの答えに辿り着く。
急に財政が豊かになった鴻上家。
ナノマシン兵器BLOODに最初に目をつけた人間達。
限られた人間しか知らないBLOODを破壊するために、鴻上製薬に潜入したレイに対するカウンターの傭兵。
全てが1つに繋がった感覚に確信を得たその瞬間、職業安定所からの帰路についていた晶を小さな手が路地裏に引きずり込む。
声を出す間も抵抗する間もなく、トレンチコートを纏う晶の腹部に合金製の刃が突き刺される。
初めて感じる殺意から生まれた激痛に晶が目を見開くと、小さな手は晶を夜闇に染められた薄汚い路地裏の地面へと叩きつける。
命を狙われる心当たりはたくさんあったが、BLOODを要求される事もなく殺されるとは想わなかった。
朦朧とする意識の中で晶は胸元のメダイに手を伸ばしながら、自らの命を終わらせに来た殺人者を見上げる。
色が違う、形も違う。だというのに得体の知れない飢餓感に犯された瞳を持った少女。
その見覚えのある瞳の翳りが、晶にはただただ悲しかった。




