Screw Up The [Knowman] 4
+CASE4 民間軍事企業エイリアス・クルセイドの交渉人
テーブルに置かれた綺麗な梱包を施された箱と、対面の席に座ってそれを差し出した女性にノウマンは困惑していた。
ネイビーを基調にしたパンツスーツを纏う胸に革紐に通されたメダイを飾る女。
下げられた頭の前下がりのボブにカットされた髪は、本人の意志の強さをあらわすようにただ黒かった。
「うちの子達が大変ご迷惑をお掛けしたみたいで」
「構いやしないさ。大体君が謝りに来る事でもないだろう、ミス・コウガミ?」
「いえ、リュミエール邸で預かっている間の保護者は我々ですので。特に2人は未成年ですし、2度とここに訪れないように厳しく言っておきました」
「君達の方で決着が付いているなら僕はそれで構わないさ。1人目はただ相談相手を求めて来ただけで、2人目に関しては正当な取引だったんだよ」
頭を下げる晶・鴻上に、ノウマンはハンドジェスチャで頭を上げるように促す。
息子と同い年ほどの女性に頭を下げさせている光景に、家族を除けば1番の理解者であるはずのバーテンダーの視線が厳しい。
そして何より、ノウマンはその包みが気になってしょうがなかった。
「ところでこれは日本のお菓子なのかな?」
「ええ、日本のおせんべいです。つまらないものですが」
「そう言うのは日本人の悪い癖、いや美徳って言うのかな。正直僕はさっきからこれが気になってしょうがないんだ、開けてもいいかい?」
待ちきれないとばかりに綺麗に梱包された箱に手を掛けるノウマンに、顔を上げた晶はどこか困惑しながら頷く。
日本の味が恋しくなってなんとなく購入したままだったそれが、ここまで喜ばれるとは晶は思いもしなかったのだ。
そうこうしている内にノウマンは包み紙を綺麗に剥がし、箱の中の小袋を取り出して開ける。
おかきが何種類か入った小袋を覗き込み、ノウマンは海苔で巻かれた物を指先で取り出して口へと放り込む。
少々塩辛い気がするも、それは懐かしくも笑みのこぼれる味だった。
「いいねえ、日本のお菓子はとても美味しい」
「以前にも召し上がられた事が?」
「若い頃にキョウトに行った事がある。いい場所だったよ、知り合いの家に行かせてもらった時はオチャヅケ? 名前が違ったかもしれないけど、そういうのをご馳走してもらったんだ」
その冗談かも分からないノウマンの言葉に晶は顔を引きつらせる。
もしそれがぶぶ漬けだったのであれば。
そう考えてしまうも、その事実を教える必要はないだろうと晶は居住まいを正す。
「美味しかった、帰ったら妻も喜ぶよ」
「それは良かったです。では私はここで」
「まあ、待ちたまえ」
そう言って立ち上がろうとする晶を、ノウマンは手で制しながら改めて席に着かせる。
友好的な見せながらも、若干変わったノウマンの雰囲気に晶は席に着きながら警戒心を強める。
あくまで自身は交渉人の立場に居る、ただ1人の女でしかないと理解しているのだから。
「さてオセンベイのお礼だ、何か1つ安価な情報でも提供させてもらおう」
「いえ、これはお詫びの品で――」
「さっきも言ったけど、1人はただ相談相手を求めて来ただけで、2人に関しては正当な取引だったんだ。それだというのに僕だけが品物を受け取るというのは、あまりにも外聞が良くない。エイリアス・クルセイドと親交を持てるのは嬉しいけど、癒着があると考えられてしまうのは避けたいんだ」
そのノウマンのもっともそうな言葉に晶は顔を僅かにしかめる。
言っている事が分からない訳ではないが、自身の商品を簡単に提供してしまう理由は理解出来ない。
その不可解さにどこか試されているようなものを感じた晶は、胸元のメダイを指先で撫でる。
安価であり、自身とエイリアス・クルセイドの内情を知られない質問であり、腕利きの情報屋のお眼鏡に適う要求。
どこか癇に障る笑みを浮かべるノウマンに、晶は小さくため息をついて口を開いた。
「……でしたら、レイ・ブルームスの好きな映画を」
「007ゴールドフィンガー、データから物理ソフトまで買い集めるほどに好きみたいだね」
評価と安全を天秤に掛けて安全を取った晶の質問に、ノウマンはどこか満足そうな笑みを浮かべる。
勝ちを取りに行くのではなく、負ける事を避けるという自身の立場を正しく理解した選択。
情報こそ引き出せなかったものの、エイリアス・クルセイドの交渉人の聡明さを知れただけでノウマンは満足だった
「貴重な情報をありがとうございます」
「こちらこそ、楽しい時間だったよ」
そう言ってノウマンが手渡してくる1枚のカードに、晶は僅かに眉間に皺を寄せる。
名前、職業内容、連絡先。それはノウマンの名刺だった。
「もしレイ・ブルームスに愛想が尽きたら連絡をおくれ。1流紙の編集部に務めているうちの息子を紹介しよう」
「お気持ちだけで。わたしには彼が必要で、彼にはわたしが必要ですので」
日本に居た頃から何度も聞かされた予想通り台詞に、晶は肩を竦めながら今度こそ席を立つ。
そしてノウマンは、これ以上は引き止められたくはないとばかりに頭を下げる晶の様子に嘆息してしまう。
これだけ出来た若い女に出会ったのは初めてで、息子の嫁に欲しかったのは事実なのだ。
しかし晶は最後にノウマンの名刺と一言だけを残して、その場から立ち去っていく。
「それと最後に、レイ君が好きなのはゴールドフィンガーではなく、ゴールデンアイですよ」
その言葉にノウマンは30年ぶりの敗北を理解させられてしまった。
+CASE 5 民間軍事企業エイリアス・クルセイド代表取締役
物事の表と裏を知る情報屋には危険がつき物であり、ノウマンはこれまでにいくつもの危機に晒されてきた。
マフィア、民間軍事企業、政府関係者。
バーの奥で息子の書いた記事を肴にスコッチを煽る男は、それらの全てと情報で戦って妻子を守って来たのだ。
しかしそんなノウマンは今まで最大の恐怖と対峙していた。
スコッチで濡らした喉は渇きを訴え、恐怖に慣らしたはずの体は緊張からか強張っていた。
そして白いジャケット、赤いインナー、ブラックのデニムボトムを身に纏う、白雪のような髪とピジョンブラッドの瞳の女は獰猛な笑みを浮かべて言った。
「教えて欲しい事があるんだ情報屋、ここらで私のレイについてベラベラ講釈を垂れる愚か者が居るらしいんだ。誰なのか知らないかい?」
D.R.E.S.S.の生みの親、何1つとして証拠を残さない完全犯罪者、そして偽名の救世主。
3つの肩書きを持つ稀代の天才に、ノウマンは保身から言葉を紡いだ。
「……彼が君の事なんて言っていたか知りたくないかい、ドクター・リュミエール?」
「私がレイの事で知らない事があるとても思ったのか、バカめ。その輝かしい頭の中身に、君が大好きな情報を秒速10ヨタバイトの速度で送り込んであげようか?」
取り付く島もないイヴァンジェリンの態度に、ノウマンは顔を引きつらせながらただ打開策を考える。
バーの外にはシルバーのBMWが停められており、その運転手が誰かを考えてしまえば逃げる事すら不可能だろう。
理屈が通用しないイヴァンジェリンにノウマンが降伏したのは、それから10分後の事だった。




