Break The [Party] Crasher 2
存在を断つように息を殺し、存在を許さないように辺りの気配を探る。
暗い色の碧眼は何1つの動きすら許さないようにせわしなく動き、レザーグローブに包まれた手はワルサーPPKが握っていた。
まるでではなく、正確にいつかの再現をしながらレイは目的地であるコンソールルームへと侵入する。
当然のようにディスプレイの淡い光に照らされた室内に血痕は無いが、そこで犯した罪は今でもレイの脳裏にこびり付いていた。
『レイ、ポイントまで無事に辿り着いたようだね』
「ああ、今からデバイスの接続を始める」
イヤホンから聞こえたイヴァンジェリンの声に応えながら、レイは襷がけにしていたボディバッグからデバイスを取り出す。
そのデバイスは以前この場所で使ったハードディスクではなく、自動で施設のデータにアタックを掛けるイヴァンジェリン手製の物だった。
レイは過去の記憶を引きずり出しながらコンソールにデバイスを接続する。
当時は警戒に大部分の意識を割いていたが、幸いにも何もかもを覚えていないわけではなかった事にレイは安堵する。
後になってどうこう言われる事はないが、大見得を切ってしまった以上余計な手間を掛けさせたくなかったのだ。
細いケーブルでコンソールと1つになったデバイスは途端にLEDを点灯させて、この施設のシステムへとアタックを開始する。
『……呆れるかべきか、それとも感心してやるべきか。よくもまあここまでしてくれたものだ』
「どういう事だ?」
アタック開始から約30秒、イヤホンから漏れ出したイヴァンジェリンの悩ましげな声にレイは眉を顰める。
イヴァンジェリンがリュミエール邸から操作しているとはいえ、手製のデバイスがある以上、レイにはシステムへのアタックに問題が起きたとは考えられなかったのだ。
レイが困惑しているとイヴァンジェリンは、呆れに振り切れた声でつまらなそうに答えを告げた。
『破壊と復元の痕跡がある"EXCESSシステム"のデータを発見した。どうやら飛んだ無能がデータをどうにかしたようだね』
「……そういう事かよ」
数年振りに聞かされたシステムの名前にレイは思わず右手で顔を覆ってしまう。
アメリカ国防軍がテロリストに奪われ、レイが奪還するよう命令されたシステムプログラム。
ジョナサンを通して渡したはずのそのシステムは、"彼女"の健闘虚しく修復されて利用されていたのだ。
そしてそれに付随するように脳裏で再生される女の姿に、レイは不愉快そうに舌打ちをする。
黒髪、黒目、見下ろせる程度の身長の体躯に纏っていた、水色のカッターシャツと黒いロングスカート、皺だらけの白衣。
レイが手に馴染み始めていたワルサーPPKで頭を撃ち抜き、その中身を撒き散らし、騙して殺した、普通を絵に描いたような女。
それは懐かしむにも、忘れてしまうにもまだ遠くない記憶だった。
だが今は悔恨する時でもなければ、その答えしか持ち合わせて居なかったレイに嘆くことは許されない。
セルマ・アーネルという普通の日常を夢見ていた女を殺したのは、醜く不様な復讐者である自分なのだから。
「……EXCESSシステムの技術を流用してオブセッションの修復は出来るのか?」
『修理部位にもよるが、代替機関を作る事くらいは出来るだろう。レイが両断してくれたとは言え、修理不可能な段階まで壊せたわけではないからね』
気を紛らわす程度のレイの問い掛けに、イヴァンジェリンは心底つまらなそうに答える。
母が人質に取られていたために製作において手を抜く事は出来なかったが、イヴァンジェリンからすればオブセッションは量産機のルードで撃破され、今となってはリベリオンに最強の座を明け渡した過去の遺物でしかないのだ。
もっともただのD.R.E.S.S.で撃破することは不可能であり、レイという優秀な傭兵とネイムレス・メサイアという粒子兵器があってこそなのだが。
『データの抽出、完全破壊、表層の解析終了、コンソールルームの対デジタル防御の消滅を確認。念の為に――』
「C4を仕掛ける、だろ。こんな事になるくらいならあの時やっときゃ良かったな」
『破壊までは命令されてなかったんだ、仕方ないさ』
何の気なしに呟いた言葉に対するイヴァンジェリンの返事に、レイは思わず顔を引きつらせてしまう。
アメリカ国防軍からの秘密裏の依頼であったあの任務は、国防軍を除けばジョナサンとレイしか知らない極秘任務。
報告を含めたデータは書面でしか残しておらず、その書類すらジョナサンの手で燃やされていたはずなのだ。
「あの時、見てたのか」
『正確にはあの時も、だ。流石にカメラがない場所までは追えないからね』
「……それがアンタの責任の取り方って事かよ」
決まりだ、とレイは胸中に湧き出した冷たい不快感に顔を歪める。
依頼とあれば簡単に人を殺す、力と金に飢えた獣。
信頼するには値せず、力を与えるには値せず、傍らに置くには値しない。
純粋な殺意と混ざり合った複数の思惑から生まれた悪意にして、イヴァンジェリン・リュミエールという唯一無二の才能でしか御し切れない害悪。
結局のところ、自分は人の罪悪感に付け込んで恩情にありついていただけなのだ、とレイは深いため息をつく。
現に女達の言葉からは殺人に対する忌避感も、殺戮を繰り返してきた自分に対する恐怖も何も感じられなかった。
だが女達に生かされ、イヴァンジェリンにリベリオンを与えられなければ復讐を遂げることは叶わなかったどころか、ヴィレン・ラスチャイルドの存在さえ知る事も出来なかった。
生かされ、与えられ、許される。そんな事すら知らないまま、ただ死に行くだけの取るに足らない命。
償う事も贖う事も出来ない恩情に報いる方法は、たった1つしかなかった。
『……レイ?』
「気にすんな。アンタは必要なくなるまで俺を使い潰してくれればいい、アンタらの敵は全員俺が殺してやるから」
そう言いながらレイは役目を終えたデバイスを引き抜いてボディバッグにしまい、代わりに取り出したC4をコンソールの下にセットする。
『レイ、私は――』
「工場区に向かう、C4の爆破はこっちでやらせてもらうぜ」
自分がセットした爆弾が、かつての罪を何もかも燃やし尽くしてくれる。
それだけが、唯一の慰めのようにレイには思えた。




