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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Reveal To [Oblivion] Egomania
342/460

Massacre All [Night]/ Sleeping All [Day] 1

 耳馴染みのある終業のベルに暗めの茶髪を後ろで1つに纏めた女がディスプレイから顔を上げる。


 女の名前は麗子(レイコ)花里(ハナザト)


 かつて鴻上(コウガミ)製薬という製薬会社に務め、プロジェクト・ワールドオーダーという世界中を震撼させたテロの間近に居た女だ。

 テロの舞台の1つとなった鴻上製薬は社長である昌明(マサアキ)鴻上(コウガミ)が殺人やテロへの関与により逮捕され、鴻上製薬は昌明(マサアキ)鴻上(コウガミ)の1人娘である(アキラ)・鴻上に譲られる事となった。


 晶の直属の部下であった麗子は不謹慎ながらも、心のどこかで遥かに良くなるであろう職場環境に喜んでいた。


 ストイックで周りを見る事ができ、部下に対しても真摯に接し、仕事は誰よりも丁寧にこなす。それが麗子の知っている"晶・鴻上"という女なのだから仕方ないだろう。

 しかし晶は譲り受けた会社を条件を付けてなるべく高く売り、社を売却した資金を被害者の遺族への賠償とした後に姿を消してしまった。


 条件とは自主退職者以外を可能な限り雇用し続けるというものだった。


 その条件と晶による手書きの秘書課への斡旋状によって麗子は社の売却後、新たな会社の秘書の1人として働く事が出来ていた。

 小さな会社から鴻上製薬という大会社への転職という無茶をした麗子にとっては渡りに船だったが、その胸中に湧いた感情は複雑なものだった。


 そんな事は絶対にないと分かっていても、尊敬する上司から見捨てられたような気がしてしまったのだ。


 麗子は後ろ暗い感情を切り捨てるように伸びをする。

 嫌な事は仕事をすれば忘れられたが、会社は既に終業時間を迎えている上に秘書としての仕事は第1総務部時代と比べれば簡単で量が少ないものだったのだ。

 5人でもこなせない仕事量を3人でこなしていた事自体が異常だったのだが、麗子・花里、晶・鴻上、そして(サトシ)此花(コノハナ)という3人は淡々とその仕事量をこなしていた。比べるようなものでないが、麗子が仕事量が少ないと感じても無理はない。


 荷物を鞄にまとめた麗子は椅子から立ち上がり、コートラックに掛けていた灰色のスプリングコートを手に取る。秋に入ったこの時期にはミスマッチな名前ではあるが、海沿いに建てられた会社に通うには必需品なのだ。


 そして背中に感じるいくつもの視線に麗子は静かに嘆息する。


 いつも通り振り向くも、いつも通り誰も自分を見ていない。

 第1総務部で働いていたからこそ生まれてしまった悩みを誤魔化すように、麗子はスプリングコートを羽織り、軽く会釈をしてから秘書課を後にした。

 成金趣味だった装飾を失った廊下を歩み、都合よく捕まえられたエレベーターに乗り込んだ麗子は誰も居ない小さな空間で何度目かの嘆息をした。


 麗子は同僚達に嫉妬の視線を向けられている。


 実は麗子は鴻上製薬の前に務めていた金融会社で、経理兼秘書をしていたのだ。

 決してクリーンとは言い切れない職場でいろいろな現場を見てきた麗子は、その環境に慣れる事が出来ずに転職を決意し、それはこの上なく最高な形で叶えられたのだ。

 電話に出ても怒鳴り声が聞こえる事もなく、数字を見る事になっても"許されない修正"をさせられる事もなく、お茶を淹れて持って行った時に体を触られる事もない。

 多少とは言えないレベルの仕事量であっても、限られた人数とだけ顔を合わせて仕事をする第1総務部という環境は麗子にとって最上のものだったのだ。

 リハビリのように仕事をこなした麗子は秘書となってからも精力的に仕事をこなし、誰よりも信用を得るようになっていた。

 しかし秘書の経験や思い出したくも無い過去の事を知らない同僚達にとって麗子は、社長令嬢の庇護下で仕事をし、挙句の果てに秘書まで押し上げてもらった女程度でしかないのだ。

 その印象は麗子の同僚達の目を曇らせ、自分達よりも遥かに多い麗子の仕事量を見させなかった。

 嫌がらせをされる事もなかったが、麗子は自分が孤立をしているのを確かに感じていた。


 仕事が出来る事が悪い事なのか。

 尊敬していた上司に認められていた事が悪い事なのか。

 秘書という経験を隠していた事が悪い事なのか。


 答えの出ない自問に麗子が頭を抱えそうになっていると、1階に着いたエレベーターは合金製の扉を開けていた。

 エレベーターから降りた麗子は、巨大な鳥のオブジェが無くなったロビーを見渡す。

 目的の人物は麗子に気付き、笑顔で手を振っていた。


「お疲れ様です立花さん」

「麗子ちゃんもお疲れ様、いつもこんな老いぼれを気遣ってくれてありがとう」


 笑顔で歩み寄ってくる麗子に、鴻上製薬時代から居る警備員の男は笑顔で麗子を出迎える。

 立花という警備員は社内で孤立している麗子にとって、数少ない気負わずに話が出来る人物だった。


「そんな、老いぼれなんて……」

「ああ、ごめんごめん。そんな顔をさせたかったん訳じゃないんだよ」


 どこか悲しげにそう言う麗子に立花は悪かったと軽く頭を下げる。

 悪意に敏感になら"された"麗子だからこそ、そういった自虐的な言葉に過敏な程に反応してしまい、その反応が同僚達の癪に障る。

 分かっていても麗子には変えようのない性質であり、立花はそれを知っていたのだ。

 立場は仕切り直すように咳払いをし、麗子の目を見つめてゆっくりと口を開いた。

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