School's Out With [Green-Eyed] Floater 11
「聞いてねえよ、聞いてねえよ!」
仲間達をほっぽり出して逃げ出した少年の1人――ダヴィドが、叫びながらアテネの路地裏を駆け抜けていく。
頭の悪いブロンドコンプレックスの女を利用して、フィオナ・フリーデンを追い詰めるだけの簡単な仕事。
ダヴィドはそう聞いてこの任務を受諾していた。
だが現実は嫉妬狂いの化け物が少女1人を守るために学校に潜入しており、ターゲットの口添えがなければダヴィドはいつ死んでいてもおかしくはなかった。
やがて大通りを遠くに捉えたダヴィドがスピードを上げようとしたその時、渇いた銃声と肩の鈍い痛みが男を襲った。
突然の激痛と衝撃にダヴィドはアスファルトへと叩きつけられ、状況理解出来ないままゆっくりを視線を地面から上げる。
そこに居たのは油断なくルガーを構える黒人の男と、銃口から硝煙が昇るM16を構える白人の女、そして暗いブラウンの髪をオールバックにした初老の男だった。
「お前か、うちの可愛い娘を傷付けようとしたのは――あの小僧も、面倒な事を押し付けてくれる」
「……ダミアン・フリーデン?」
ダヴィドは血が溢れ出す肩を手で抑えながら、EUで有数の資産家の名前を呻く。
おそらくレイ・ブルームスをここまで呼び寄せたのであろう敵対者にして、雇い主の最終的なターゲットの男。
しかしダミアンは不愉快そうに顔を歪め、疲れたとばかりに嘆息する。
「気安く名を呼んでくれるなよ、取るに足らぬ若造が。こんな程度の低い連中に怯えていたとは、俺達も情けなくなったものだな」
黒人の男はダミアンの言葉に肩を竦め、M16を構えた女は黙ったまま頷く。
この状況においてもD.R.E.S.S.が展開されない事から、ダヴィドがD.R.E.S.S.の所有が許されない程度の戦力であると想定するのは容易い。
そしてその確信は自分達が圧倒的に優位に立っている事を理解させてくれるのだから。
「ローネイン、俺はヴェンツェルと先に屋敷に戻らせてもらう。後始末は任せるぞ」
「お任せ下さい。最後に彼に何か言う事は?」
ローネインの問い掛けにダミアンは顎に手をやって暫し思案するも、やがてつまらなそうに肩を竦める。
餞の言葉は必要なく、ダミアンはすぐにでも帰って傷ついた娘を慰めてやりたいのだから。
そしてダミアンは思いついたように苦痛に呻くダヴィドに指先を突きつけて、最後通牒のように告げた。
「ならば最後に一言だけ――地獄に落ちろ、クソヤロウ」
「ああ、なんて品のない言葉でしょう」
満足したようにかつての副官を連れて歩み去っていく雇用主の言葉に、ローネインはわざとらしく嘆く。
「小僧の良くない影響を受けてしまったようだ。今夜は酒で穢れを洗い流す事にしよう、お前も付き合え」
「お言葉に甘えさせていただきます。では、後ほど」
今晩の予定が決まったローネインは銀色の銃口をダヴィドのこめかみに押し当てる。
それは殺しという残忍な所業を感じさせないほどに軽いもので、ダヴィドは迫り来る死から逃れるようにもがこうとする。
しかしローネインは血が溢れ出るダヴィドの肩を思い切り踏みつけて告げた。
「子供を殺すのは趣味じゃない。殺しだって出来ればしたくはない。だから私はお前を恨んでいる――フィオナ様を傷つけ、私にこんな事をさせるお前をだ」
そう言いながらローネインはこめかみに押し付けていた銃口を、ダヴィドの眼球へとスライドさせていく。
その質量を持った殺意にダヴィドは引きつった声を出してしまう。
自分はもう助からないと、ハッキリと理解してしまったのだ。
「主の言葉を最後にもう一度だけ聞かせてやる――地獄に落ちろ、クソヤロウ」
再度告げられた最後通牒を聞くが早いか、銃声を聞くが早いか。
それを理解できる事はなかったが、ダヴィドは最後まで怯えながらその一生を終えた。




