School's Out With [Green-Eyed] Floater 9
「……なんで、なんでこんな人殺しの娘を守るのよ!?」
驚愕から一転。ニキはついていけない事態にヒステリックに喚きたてる。
「おいおい、アンタだって傭兵の娘だろ。わざわざ調べたんだぜ? パウル・ペルガメント、中東でラスールのD.R.E.S.S.によって殺害された民間軍事企業グリークファイアのD.R.E.S.S.傭兵」
幸運にも怜・此花という名前が偽名であるというだけは理解出来たニキに、レイはシニカルな笑みを浮かべて銃口を向ける。
恋人の命の危機であるというのに、ダヴィドは何も出来ないまま立ち尽くしている。
その光景に思う事がない訳ではないが、レイは関係ないとばかりに鼻で笑って見せる。
そこかしこで経済戦争が起きている世界とはいえ、富裕層の子供達がそう言ったものに慣れ親しんでいるはずがないのだから無理もないだろう。
「それだって、この女の親が売ってる武器がなければ――」
「その武器を護身のためじゃなく殺すために使ったのはアンタの親父で、勝手にくたばったのもアンタの親父。責任転嫁なんてやめておけよ、見苦しいだけだ」
「違う! パパは人殺しなんかじゃない!」
「いいや、アンタの親父は俺と同じ穴の狢だよ。金の為に人を殺して、得た報酬を自分達の為に使う。アンタのお気に入りの服も、アンタがケチをつけてきた俺の服も、大量殺人の結果だと思うと印象が変わるだろ?」
勇敢にも噛み付いてくるニキを、レイは現実を突きつける事で軽くあしらう。
人々が国防軍ではなく民間軍事企業を選ぶのは金を得るためであり、命を金で売るような一家の人間が裕福であるはずがない。
フリーデン商会という世界でも有数の富豪の1人娘と、たかだか傭兵の1人娘が同じ教室に居る理由など1つしかなかった。
「楽しいお話はここまでだ、アンタは既に被害者の遺族から加害者に代わった――アンタらはフィオナが"俺の所有物"だと分かっていて手を出したんだ、覚悟は出来てるんだろ?」
レイはシニカルな笑みを顔から消して、かつてのニキの言葉を引用して最後通牒を告げる。
ニキ達の行動には正統性はないが、正当性の有無はレイにとって関係ない。
自分の所有物に危害を加えようとした加害者を殲滅する。
それ以上の理由は要らないのだから。
「こ、校内で殺しなんかして、ただで済むと思ってるわけ!?」
「俺が勝算もなしに実力行使に出るとでも思ってるのか? 嫉妬狂いの化け物の俺が、イヴァンジェリン・リュミエールの剣であるこの俺が」
その気になれば事実さえ変えてみせる。
言外にそう付け足しながら、レイは恐怖を刻み込むように言葉を紡ぐ。
どちらにせよ強姦未遂の証拠は映像という形で保存され、生き残ったとしてもニキ達に未来はない。
「さあ、生まれてきた事を後悔させてやる。歯、爪、指、眼球、どこからが良いかくらい選ばせてや――」
これから少年少女達に訪れる地獄を示唆する言葉を、フィオナはレイを背から抱きしめる事で遮る。
「……もういいよ、レイ兄さん」
「何がいいんだよ。コイツらはアンタを傷付けようとした、許す義理も必要もねえ」
「それでもだよ、レイ兄さんと過ごせた楽しい時間を台無しにしたくないよ」
弱々しく背中越しに請うように呟かれた言葉に、レイは深いため息をつきながら臨戦態勢を取っていた両手を下ろす。
その声には嗚咽が混じり始めており、レイは自分を慕う少女の涙に勝てるほど強くはなかったのだ。
「……消えろクソヤロウ共、次はお遊びはなしだ。確実に殺してやる」
その言葉にニキ達は我先にと走って校舎裏を去る。
勝利の優越感から命を失う絶望に叩き落された少年少女の無様な姿を遠くに眺めながら、レイはワルサーPPKに安全装置を掛ける。
戦いは終わり、必要なのは銃から言葉へと変わったのだ。
「……フィオナ、俺が言った事覚えてるか?」
背後の首を横に振る気配に、レイは舌打ちを堪えて深いため息をつく。
「利用できる物は何でも利用しろ、俺はそう言ったはずだ」
「でも――」
「でもじゃねえんだよ。取り返しのつかねえ事になりかけたの、分かってるのか?」
同じく強姦未遂によって心的外傷後ストレス障害を患ってしまったエリザベータを知っているレイには、今回の事を終わり良ければで済ます事など出来るはずがなかった。
心に負った傷は、今でもエリザベータを苦しめているのだから。
「それでも、アレを取り返したかったの……」
悔恨するように吐き出された言葉にレイは再度ため息をついて、腹部に回された華奢な腕を外して振り向く。
エメラルドのような緑の瞳は涙を湛え、その鈴の音のような声を鳴らす喉は嗚咽を洩らしていた。
溢れた涙を拭おうとする手を除け、レイはフィオナを胸元に抱き寄せる。
真っ白なインナーは涙を染み込ませ、カーキのシャツは背に回された腕によって皺を刻み込んでいく。
それでもレイは何も言わずに、緑色のリボンを飾る栗色の髪を指で梳いていく。
そんな事でフィオナの心の痛みが紛れるとは思わないが、それでも悪意以外のものに触れさせてやりたかったのだ。
「ねえ、レイ兄さん」
「何だ?」
やがて嗚咽が収まり始めたフィオナの問い掛けに、レイは胸元を見下ろしながら答える。
目が少し赤いものの、平静を取り戻しつつある様子にレイは静かに安堵する。
しかしその安堵は簡単に崩される事となった。
「レイ兄さんの任務、"今終わった"でしょ?」
突然であまりにも的確なフィオナの言葉に、レイは思わず顔を強張らせてしまう。
レイは確かにこの瞬間、ダミアンの依頼を完遂しているのだから。




