School's Out With [Green-Eyed] Floater 8
「大当たり、ってか」
遠くに見えるブリーチブロンドの女と筋骨隆々の男子生徒達に、レイは壁に身を隠しながらゆっくりと近付いていく。
その場所は校舎を挟んで正門の裏側。
そちらの側には窓はなく、用がなければ誰も訪れずれることもない。加えて言うのであれば、そこを訪れる用も出来ないような場所だった。
誰かに害をなすには取って置きの場所で、フィオナはダヴィドと呼ばれていた男を含む男達に囲まれていた。
「本当に来たのね、バカみたい」
遠くから聞こえるニキの声に、レイは咄嗟に眼鏡のフレアの装飾に触れる。
レンズにはソフトウェアが起動したサインが表示され、レイは息を整えながら静かに歩み寄っていく。
「来たんだから約束を守ってよ」
「約束、何のことかしら?」
「あたしの十字架のネックレス! あなたが盗んだんでしょ!」
フィオナは失ってしまった面影を求めるように、胸元に手をやって大声を上げる。
しかしニキはそんなフィオナの様子を楽しむように口角を歪め、当然のように吐き捨てた。
「ああ、あれね。捨てちゃったわよ、今頃エーゲ海の底か下水にでもあるんじゃないかしら」
告げられた最悪の宣告にフィオナは目を見開いてしまう。
代えが利く物ならここまではしなかった。
しかし失ってしまったのは世界でたった1つの物なのだ。
「大体あなたなんかが着飾ったところで誰も見向きはしないわよ。緑色の目をしたご主人様とあのイエローモンキーは違うみたいだけど」
希望から叩き落された絶望に打ちひしがれるフィオナに、嘲るように言葉を紡ぎながら鞄から何かを取り出す。
それは市販されているハンディカムだった。
「そんな事より、これから楽しい撮影会よ。あなたみたいな貧相な体でも、物好きには売れるでしょ」
真新しいハンディカムと屈強な男子生徒達。
そこから導かれた結論と、恐れられていた事によって晒される事のなかった恐怖に、フィオナの顔色が一気に青褪めていく。
「なんでこんな……」
「黙りなさいよ、人殺しの娘が!」
突然上げられたヒステリックな声にフィオナはビクリと肩を震わせる。
ニキは苛立たしげに
「あなたの家は良いわよね、戦争が続けば続くだけで儲かるんだから。パパみたいに戦死者が出れば出るだけ新しい商品を出して、それでもっと儲かるものね」
予想通りの言葉にレイは思わず口角を歪めてしまう。
ニキを対象にしたマーク。
最悪の事態に及ぶ前にフィオナを把握できた事。
1度に全てが進行している事態に幸運を感じながら、レイはワルサーPPKの安全装置を解除した。
「最初で最後のあなたの主演作よ、精々いい声で鳴きなさい――こんなチンチクリンのポルノにフリーデン商会はいくら出すかしら」
「残念だけど出るのは鉛弾、泣くのはアンタらだ」
どこまで上から見下ろしたように言葉を紡いだレイは、ワルサーPPKを構えて物陰から姿を現す。
尊大で挑発的な言葉に、フィオナを取り囲んでいた男達はレイへと視線を向ける。
その目は見慣れない物に困惑していたが、ニキだけは嘲るような視線をレイに向けていた。
「よく出来たオモチャね、ミスター・コノハナ。それでナイトさまを気取るのは――」
ニキの言葉を遮るようにレイは躊躇いなくニキの足元へ威嚇射撃を行う。
傭兵が非戦闘区域で発砲したという事実は残るが、いかにレイが本気で異質な存在なのかを理解させるにはこれが1番手っ取り早い手段なのだ。
「ごらんの通り本物だ。舐めた事ほざいてると、ぶち殺すぞ?」
昇る硝煙、穴の空いた地面。
思惑通りに困惑し、驚愕する男達に、レイは当然のように明確な殺意を突きつけた。
彼らが自棄を起こさないよう、圧倒的な戦力を戦力を見せ付けておかなければならないのだ。
そして絶対的な恐怖に凍りついた状況は、フィオナという被害者によって大きく動かされる。
「レイ、兄さん」
ぽつりとフィオナが呟いた名前に、レイとフィオナを除いた全員が驚愕から目を見開く。
男子生徒達は腕っ節に自信を持っていたが、呟かれたその名前は生身で対抗するにはあまりにも絶望的な敵対者を示していた。
フィオナ・フリーデンと親交があるレイという人間は、嫉妬狂いの化け物であるレイ・ブルームス以外知られていないのだから。
「レイ・ブルームス!? なんで、あなた目が緑じゃないじゃない!?」
「目が緑なのは俺じゃなくて俺のD.R.E.S.S.だ、それも昔のな。ニュースくらい見ろよ、バカでも分かるように説明してくれてる――そんな事より強姦未遂の現行犯だ、ただで済むと思うなよ」
そもそも黒のカラーコンタクトが無駄だった事実に肩を竦めながら、レイは銃を構え直す。
その名前と相まった恐怖に男子生徒達は顔を引きつらせる。
かつてたった1人で世界を転戦し、D.R.E.S.S.の生みの親が手ずから作り上げた最強のD.R.E.S.S.を所有する傭兵。
目の前に居る男は最強の暴力そのものなのだから。
レイはそんな男子生徒達を無視して、未だ不安そうに状況の推移を見守っているフィオナを頷く事で自分の方へと来させる。
やがて自分の下に辿り着いたフィオナを背に隠し、レイは腕時計を外す。
白銀のカモフラージュが外された左手首には、銀のブレスレットと白銀のバングルが存在していた。




