School's Out With [Green-Eyed] Floater 7
スピーカーから響き渡るチャイムの音を聞きながら、レイは疲れたとばかりに深い皺が刻まれた眉間を指先で揉んでいた。
スキャナー等の機能を擁するブラックフレームの眼鏡はノートに投げ出され、そのノートには奮闘の証が汚い文字で残されていた。
レーダー上で戦況を見るのには慣れたが、黒板に描かれていく計算式に慣れる様子は一切ない。
あまりにも低脳な自分に呆れると同時に、レイは学歴以上の能力を有している3人の女達を別世界の生き物に感じてしまう。
エリザベータは飛び級で大学卒、晶はハイスクール卒、イヴァンジェリンにいたってはジュニアスクールの時点でドロップアウトしていたのだから。
やがてレイは眼鏡を掛けなおし、いつもなら声を掛けてきているフィオナの方へと視線をやる。
フィオナは机に隠すようにして何かを見ており、その表情はいつもの柔らかなものではなかった。
その様子に不穏なものを感じたレイは、提出書類が曲がるのも気にせずにノートなどを乱暴に鞄に詰め込んで立ち上がり、レイが動き出した事に気付いたフィオナは慌てて見ていた物をデニムスカートのポケットに隠す。
「飯でも行くか?」
「……ごめん。行かなきゃいけない場所があるから、先に行ってて」
「こっちは頭使いすぎて腹減ってんだよ、用事があるなら後回しにしろ」
ただ事ではないフィオナの様子に、レイはやや乱暴に自分に合わせさせようとする。
任務の終わりが見えないレイは、あらゆる暴力を行使する事が出来ない。
そのためレイはフィオナが見ていた"ポケットの中身"を知り、対策を講じなければならない。
フィオナが隠しているソレは、任務遂行の鍵である可能性が高いのだから。
「そういう訳にもいかないの。それにサトシだって書類提出しなきゃいけないんでしょ?」
フィオナのもっともな言い分と、鞄の中でグシャグシャになっている書類にレイは不愉快そうに眉を顰める。
"いろいろな力"を使ってここにレイは居る。
書類などに不備を生じさせてしまえば、その隙を突かれてレイはここに居ることは叶わなくなるだろう。
それほどまでにレイの立ち居地は不安定な物なのだ。
「待っててくれるのは嬉しいけど、先に食べてていいから。また後でね」
フィオナはそう言うなり、鞄を掴んで教室から飛び出していく。
その背を見送る形になったレイは、苛立ちを紛らわすように舌打ちをする。
IDを偽造したイヴァンジェリンと、このハイスクールに編入するために尽力したダミアンの期待を裏切る訳にはいかない。
苛立たしげに嘆息したレイは、鞄から書類を引きずり出して2階にある総務へと向かう。
珍しく1人で居るレイに周りは少し驚いたような視線を送るが、レイはそれらに気を留めることもなく思考を続ける。
ハイスクールの敷地面積は約50万㎡、校舎は4階建ての正門に窪みを向ける巨大なコの字型。
それは1人の人間を探し出すにはあまりにも厄介な状況。
そしてフィオナはレイと教員を除けば話をする人間は居らず、行く場所も限られている。
教員のラウンジ、カフェテリア、教室、科目教室、図書室、トイレ、更衣室。
今回の状況においてフィオナはそれらを含めた、"人目につかない"場所に居ると想定出来る。
やがて辿り着いた総務の受付に、レイはすっかりグシャグシャになってしまった書類を叩きつける。
「提出書類は以上ですね」
「え、ええ、ミスター・フリーデンによろしくお伝え下さい」
生徒の乱暴な振る舞いに戸惑う事務員に取り合う事もせずに、レイは校舎の中央へと歩みを進めていく。
――メッセージカードか?
フィオナが隠した物はポケットに入るサイズの物で、咄嗟とはいえそこまで気を遣わずに済む物。
そう考えたレイは紙であればサイズを小さくする事は可能であり、書かれたメッセージが読めれば状態の劣化は気にせずに済むメッセージカードのような物と仮定する。
続けてレイはその内容を思考する。
あの時フィオナは「行かなきゃいけない場所がある」と言っていた。
その事からカードの内容はフィオナをどこかへ呼び出す物であると想定でき、その場所は学園内、差出人は学園の生徒である可能性が高いと考えられる。
もし教職員がフィオナを呼び出す必要があるのであれば、手順を踏んで正式に呼び出せば良いだけの話なのだから。
「……いいさ、やってやるよ」
レイは最寄の窓を開けて平然と飛び降りる。
背後で聞こえた悲鳴を余所に、2階から飛び降りたレイは着地の衝撃を逃がしながら一気に走り出す。
おそらくフィオナは害意を持った相手に呼び出されている。
フィオナの安全を第1に考えた親バカの援助によって、校内には目に見えないものあらゆる監視カメラがセットされている。
もしフィオナに害をなすつもりであれば、校舎外の監視カメラがない場所で行うとレイは理解したのだ。
走るごとに大きく揺れる眼鏡のレンズを不愉快に感じながら、レイは鞄の二重底からサプレッサーをつけたワルサーPPKを取り出して鞄を放り捨てる。
レイが探しているのは紛れもない戦場、それがどれだけ矮小なものであっても暴力の行使を躊躇ってはいけない。
 




