Follow The [Dirty] Heros 3
「まったく、女の扱いがなってないんじゃないかムッシュ・ブルームス?」
薄れ行く意識の中で耳朶を打つ聞き慣れた老人の声に、デュケーンは眼球だけを動かして声のする方へと視線を向ける。
そこに居たのは相変わらずの笑みを貼り付けていたタルコーニだった。
「黙れよクソジジイ、コイツを利用したアンタにだけは言われたくねえ」
冷たく吐き捨てたレイは引き倒すようにしてデュケーンの体を地面へと叩きつけ、その背中を強く踏みつける。
肺の酸素を全て吐き出さされたデュケーンは、苦悶に顔を歪めながら見上げるようにしてレイを睨みつける。
レイの手はシャツの内側に隠された銃へ伸ばされており、このままでは戦闘など念頭にも置いていないタルコーニは一方的に殺されてしまう。
しかし事態はデュケーンのそんな懸念を余所に高速で進んでいく。
「先行させたコイツを俺に対処させる事で足を止めさせ、その間にイヴ達との会話をする場を整える。やり口が汚ねえとは思わなかったのか?」
「……流石嫉妬狂いの化け物。こちらの考えなどお見通しというわけか」
タルコーニはそう言って顔に貼り付けていた笑みを、温和なものから自嘲するようなものへと変える。
師でありパートナーであるタルコーニが自分を利用した事にショックを受けつつも、デュケーンはその事実に自分よりも早く気付いていた監視対象達に驚愕する。
今となれば自分を苛立たせるように紡がれた言葉達がこの結果のためだと理解出来るが、その会話という唯一の情報を知らない彼らがどうして理解出来たのかデュケーンには理解が出来なかったのだ。
「遅れたが自己紹介をさせてもらうよ。連邦公安局所属の特別捜査官フランソワ・タルコーニ、そして君が踏みつけているのはわたしのパートナーであるエミリア・デュケーン。以後お見知りおきをってところかな」
「以後はねえ、必要さえあれば今すぐアンタらを殺す」
レイは告げられた所属に臆する事無くシニカルな声色で吐き捨てる。
あらゆる手段を用いても縛る事の出来ない、エイリアス・クルセイドという何もかもを焼き尽くす恐怖。
まさか海外まで追いかけて来るとは思わなかったが、立件の出来ない数え切れない疑惑が掛けられている自分達をアメリカが放っておく訳がないというのも事実だったのだ。
「恐い恐い。こちらはか弱い老人と踏みつけにしている女1人、少しくらい穏やかに出来ないものかね」
「個人的にはそうして差し上げたいけれど、目的も分からないような人達には出来かねるわね」
おどけるように言葉を紡ぐタルコーニに、晶は胸元のメダイを撫でながら淡々と言う。
総務部長時代にも出会った事の無い老獪な雰囲気をかもし出すタルコーニに、ロンバードという国防軍の交渉役に出し抜かれた晶は油断など出来るはずもなかった。
「なら彼に殺させるかい?」
「いいえ、それではあなた達にわたし達を捕える大義名分に与える事になるじゃない。レイ君にあなた達を殺してもらう事も社長にあなた達の存在を消してもらう事も容易いけれど、その後で世界と戦うのはいささか骨が折れるわ」
まるで国を相手にする事すら何でもないように振舞う晶に、タルコーニは思わず顔を強張らせてしまう。
最新にして最強であるリベリオン、テキサスに散乱していた特殊な機構を搭載したD.R.E.S.S.達。
その存在達が晶のブラフとも取れる態度に現実味を持たせているのだ。
しかしエリザベータだけはそんな事はどうでもいいとばかりに苛立っていた。
「そんな事どうでもいいですわ、早く次に行きませんこと?」
「おやおや、この状況を見てそんな事を仰いますかアレクサンドロフ委員?」
「ええ、いくらでも言って差し上げますわ。あなた方はただの旅行者であるわたくし達に無理矢理接触を図ってきた妨害者であり、おそらく無許可で国境を越えたドクター・リュミエールの動向を監視しているアメリカの捜査官。許可を取っていたとしても、わたくし達との接触は許可されていないはず。事が明るみになれば困るのはそちらではなくて?」
苛立ちを紛らわすようにエリザベータは、プラチナブロンドの毛先を指で玩びながら肩を竦める。
あくまでも個人的な民間軍事企業であるエイリアス・クルセイドは、国連を含めたあらゆる組織に対して排他的な態度を取っている。
フリーデン商会というお互いが利用している組織を除けば、エイリアス・クルセイドはエリザベータ・アレクサンドロフという国連所属の委員以外と交流を持っていないのだ。
世界中のあらゆる人間からエイリアス・クルセイドの情報や、繋がるためのパイプとしての役割を求められている自分が聞かされてない以上、タルコーニ達の行動はどこかの機関の独断であると理解するのはエリザベータにはあまりにも容易かった。
だがこの瞬間にも追い詰められているはずのタルコーニは、未だ勝機を見失っていないかのように口角を歪めて口を開いた。
「それはそうだが、こちらは君達にとってとても有用な情報を持ってきたんだ――開発コード"オブセッション"、話を聞く気にはならないかね?」




