[Revolutionary] Witch Hunt 17
車両へ手を伸ばすクラックは突然現れたD.R.E.S.S.に対応出来ず、ブースターから吐き出された炎を背負うネイムレスの膝が隙だらけの頭部に叩き込まれる。
その頭部を支えていた内部の支柱を確実にへし折った感触。
ネイムレスを纏うレイはそれに感傷を抱きもせず、ただの鉄塊と介したクラックの頭を掴み後続するルードへ投げつける。
ルードは左手に装備した合金の盾でそれを押しのけるも、横を通り抜ける灰色の装甲に撫でるように当てられた合金の刃に首がカーキ色の装甲とその中身を切り裂く。
有機的な物質を内包する合金の頭部が重い音を立てて、土が剥き出しになっている地面に叩きつけられる。
クラックを撃破した事により解放されたレーダーで、エリザベータが運転する車両がモスクワへ走っている事を確認。
それを把握したレイはジープの傍らから動こうとしないD.R.E.S.S.へと、シアングリーンのマシンアイを向ける。
『ハーイ、そこの灰色のD.R.E.S.S.。人の部下を簡単にぶっ殺しちゃったそこのD.R.E.S.S.聞こえてるー?』
『……何の用だ?』
レイはスピーカーを介して軽い口調の言葉を拡散する、都市迷彩の塗装を施されたルードへマシンガンの銃口を向けながらネイムレスのスピーカーを解放する。
どこかにまだクラックが潜伏し、欺瞞情報をばら撒いてなければ敵の最後の戦力。
そう理解していても軽い口調で喋りかけてくるノイズ混じりの男の声が、レイに深い警戒心を持たせていた。
『ああ、良かった聞こえてるんだ。俺は民間軍事企業ネイキッド・ガン所属、ブルズアイ。ネイキッド・ガンの小隊長兼スカウトってところだね。で、そちらさんは?』
『答える義務はねえよ』
機動を無視するようにモノクロの装甲を盛り固めたブルズアイというD.R.E.S.S.は壁のような様相を呈しており、レイは右手に構えるネイムレスのマシンガンがとても情けなく感じてしまう。
しかしネイムレスの運用方法を考えると大口径の銃火器を装備する事は不可能であり、レイは相手が誰であっても今まで通り戦闘を進めるしかない。
『まあまあそう言わずに。戦闘より先にやっておきたい事があるんだよ』
『仇討ちを頼むために遺書に俺の名前でも書いておくのか? いいやり方だ、考えたこともなかったぜ』
レイは皮肉を返しながらも、シアングリーンの視界でブルズアイの解析を続ける。
右手にはグレネードキャノン、左手にはショットガン。
その両方が左右の肩に装備されているコンテナと繋がれており、装填のタイミングでの急襲は出来ない。
『……カッチーンと来たけどまあいいや。じゃあ名無し君、取引をしよう――エリザベータ・アレクサンドロフ、あの女を寄越せ。その代償にネイキッド・ガンのポストと傭兵には破格の報酬、あとその命は見逃してやる、って偉い人が言って――』
『お断りだ、クソッタレ』
軽い口調から威圧的な口調に変えたブルズアイの言葉に、意味不明な苛立ちに駆られたレイはミサイルポッドのスタンバイをしながら短い言葉で拒否を突きつける。
交渉が決裂した以上、戦闘はもはや避けられない。
『アイツが生きていると見抜いて、ここで待ち伏せしていたアンタの実力は認めてやってもいい。でもアンタごときが言うようなギャラじゃ、俺には少な過ぎるんだよ』
――戦場は屋外で障害物はほとんど無し。敵は高火力兵器を装備した重量型
策も何も必要としないであろう、正面からの撃ち合いを想定したネイムレスの天敵を睨みつけながらレイは思索を続ける。
相手がどういうD.R.E.S.S.で、どういった目的を持っていようと殺しの本質は変わりはしないのだから。
『交渉決裂、か。残念だなー、お高くとまってくれちゃって。名無し君が殺したランペイジ君の代わりにしようと思ったのに』
『部下を殺した奴を勧誘する、か。イカレてるよ、アンタ』
『いや、考えれば分かるじゃん? 大隊規模の人数を皆殺しにしているような相手を前にして、隊列を崩して独断専行すればどうなるか、なんてさ。俺も組織もいらないんだよ、無能なんかさ』
そうノイズ混じりの声をばら撒きゆっくりとした足並みで、ブルズアイはエリザベータが消えていった車道を遮断するようにネイムレスに立ちはだかる。
『だから名無し君が欲しかったんだよね。躊躇いもせずに国が作った大規模施設ごと、敵対者を皆殺しにしちゃうような名無し君は無能じゃない。それどころか最高にイカレてるよ。だからさ――』
単眼の紫のマシンアイが煌々とした光を放ちながら、ネイムレスのシアングリーンのマシンアイを見据える。
設計思想で言えば間逆の機体、そしてブルズアイは肩に担ぐようにしながらグレネードキャノンの砲口をネイムレスに向ける。
『――楽しませてくれよ? 楽しませてやっからさ』
ブルズアイがそう言いながらグレネードキャノンの引き金を引こうとしたその時、ネイムレスはマシンガンの弾をばら撒きながら右へ逃げるように飛び出す。
射出されたグレネードはマシンガンの弾に穿たれた事により炸裂し、レイはその炎に身を隠し迂回しながら接近しようとするも、爆音にかき消された軽い発砲音に気付く事が出来ずにネイムレスは決して軽くはない衝撃と共に、左脚部の装甲の1部をもぎ取られてしまう。
シアングリーンの視界に現れる装甲が欠落したという警告メッセージに、レイは舌打ちをしながらショットガンの有効範囲の探るように距離を取る。
――やりづれえ
牽制するようにマシンガンで弾幕を張り続けながら、レイはただ思索し続ける。
ミサイルを撃ったとしてもショットガンの散弾に落とされ、マシンガンはあの分厚い装甲の前には歯が立たず、そしてブレードユニットは距離を詰める方法が思い付かない。
『名無し君ってさ、1対1とか、正々堂々とか苦手な性質でしょ?』
奇しくも自身のD.R.E.S.S.と同じ意味の名詞を紡ぐブルズアイの言葉に、思索を遮られたレイは苛立ちから眉間に皺を寄せる。
殺し合いの最中だということを感じさせないその軽い口調が、負けるという可能性すら考えていないブルズアイの余裕振りがレイは気に入らないのだ。
『だったら何だ?』
『別に。そう思っただけ、俺もおんなじだしねー。味方とか居たら、一緒に殺しちゃうじゃん?』
それが当然のように告げるブルズアイが放つグレネードを進路に放たれたネイムレスはは、巻き上がる爆炎から逃れようと回避機動を取るも、続けざまに撃たれた散弾に今度は右脇腹の装甲が抉られていく。
――何が命中点だ、爆心地の間違いなんじゃねえのか
散弾の衝撃で軋みを上げる体を無視して回避機動を取り続けるレイは、ブルズアイが2機の味方が撃破されたのを黙って見ていた理由を理解させられてしまう。
ショットガンとグレネードキャノン、その2つがメインの兵装であるブルズアイには味方など邪魔な障害物でしかないのだ。
しかしそんな事に気付けたところでネイムレスがブルズアイを撃破するには、懐に入る必要がある事に変わりはなく状況は好転する様子を見せない。現に牽制として引き金を引き続けているマシンガンの弾は、ブルズアイの装甲を打つも軽い金属音を奏でるだけだ。
刻一刻と追い詰められていく状況下でレイは懐へ入るルートを思索し続けるも、分厚い装甲を持ち、真っ向から撃墜するという戦闘スタイルのブルズアイはその可能性達を否定していく。
――どうすりゃいいんだ、クソッタレ
今までに撃破してきた重量機とは違う、1つのコンセプトのみに突出しきったブルズアイというD.R.E.S.S.へ、ネイムレスは牽制にしかならないマシンガンの弾をばら撒き続ける。
この男こそがアテネで殺し合う予定だった”敵対勢力の腕利き”なのではないか、という確証もない思考にレイは胸中で毒づいていた。
もしそれが事実であるのならアテネで交戦したラスールのD.R.E.S.S.部隊の層の薄さも、サラトフの天然資源施設で殲滅したラスールと民間軍事企業の混合D.R.E.S.S.部隊は、そしてレイがその施設ごと混同D.R.E.S.S.部隊を爆破した事実を知っているブルズアイの全てに説明がつく。
時間を掛けてしまえば、援軍が訪れるかもしれない。
ここで手こずってエリザベータに追い着けなければ、エリザベータは別の勢力に拉致されてしまうかもしれない。
目の前の敵1人くらい殺せないのであれば、自身が存在する理由がなくなってしまう。
脳裏によぎる危惧すべき可能性と益体もない言葉に舌打ちをしながら、レイはジグザグな回避機動を取りながら懐へ飛び込むタイミングを窺い続ける。




