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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Reveal To [Oblivion] Egomania
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Bounded [Foolish] Party 3

 パリ郊外の屋敷の1室で、晶は季節外れの寒気に体を震わせていた。


 ――しくじったわね


 噛まされた猿轡と縛られた両手に苛立ちながら、晶は胸中で毒づく。


 そこは嫌味がない程度に飾られた屋敷の1室。

 絵など美術品は飾られていないが、自分が座る椅子を含め調度品の全てが安物ではないように見える。しかし窓の外はすっかり暗くなっており、そこから情報を仕入れることは出来そうにない。


 絶望的な状況と手首に食い込むロープの痛みに顔を歪めながら、晶は自分が拉致された理由に検討をつける。


 この組織は晶を人質にイヴァンジェリンに取引を持ちかけ、エイリアス・クルセイドが所有するD.R.E.S.S.とBLOODのデータを要求するつもりなのだろう。

 だが晶は敵対者達のあまりにも甘いイヴァンジェリンの認識に、思わず苦笑を浮かべてしまう。


 イヴァンジェリン・リュミエールという女は、本質的に他人を必要としていない。

 欲求を満たすための要素は全て脳内に存在し、唯一愛しい傭兵は"家族"という言葉で屋敷に縛り付けた。

 口座には一生掛かっても使いきれない金額が数字を連ねており、プロジェクト・ワールドオーダーの混乱が収まりつつある現在、イヴァンジェリンとレイは民間軍事企業を続けるメリットを失いつつある。


 つまりそれはエイリアス・クルセイドは交渉役(ネゴシエーター)を、レイとイヴァンジェリンは晶を不要としているという事だった。


 辿り着いた答えに晶は自嘲するような笑みを浮かべ、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。


 おそらく自分はもっとも無残な形で殺されるだろう。


 その確信を抱きながらも、晶の胸中に湧き出したのは自己嫌悪と後悔だった。


 人に紛れ、自分を粉飾し、戦場に立つ敵対者の全てを焼き尽くす傭兵。

 硝煙と返り血に塗れて生きてきた少年を、自分は突き放してしまうべきではなかった。

 しかしその考えこそが、レイと向き合っていなかったのではないかと思えてしょうがないのだ。


 叱ってあげよう、褒めてあげよう、慰めてあげよう。


 結局のところ、それは居心地がいい場所に居るだけための言い訳でしかなかったのではないか。

 自分よりも脆い存在を管理する事で、自尊心を慰めていたのではないか。

 だがあまりにも不安定で脆い少年を突き放してしまった自分が、その十字架を飾る胸に縋りつく事は許されない。


 ――何が、男は他にも居る、よ


 晶は胸中で自嘲するように呟きながら、猿轡越しに深いため息をつく。

 自分は後悔してしまうほどにあの少年を求めていて、あの少年は恩着せがましい自分の言葉に辟易とさせられてしまっていた。

 そんな自分が何かをしてあげようなど、晶にはただの思い上がりにしか思えなかったのだ。


 しかし残念ながら晶が少年にしてやれる事はもはや情報の全てを秘匿し、悔やみながら死んでいく以外はない。

 自棄のようでありながら、どこかスッキリしたような晶の決意。


 純粋なほどに濁り切った思考を、突然開かれた扉の音とどこかで聞き覚えのある声が遮った。


「どうも、マドモアゼル」

「……なるほど、そういう事だったのね」


 ツーブロックにカットされた赤毛、見覚えのある黒基調のスーツ。

 晶は猿轡を外す男を睨みつけて毒づく。


 その男は機内でレイと対峙していた、ジョンビーニのSPだった。


 猿轡が取られた事でハッキリとし始めた意識の中で、晶は思考を加速させていく。

 おそらく赤毛の男は民間軍事企業等の戦争継続派の人間。元々はD.R.E.S.S.規制委員会のジョンビーニの行動を見張るための潜入者(アンダーカバー)だったのだろう。

 しかし唯一粒子兵器を所有するエイリアス・クルセイドの人間が現れた事で、赤毛の男達は計画の変更をした。

 どの側に立って戦争を続けたとしても、結局のところ勝利しなければ旨みなどないのだから。


「随分と落ち着かれてますね。てっきり涙を流しながら命乞いでもされるかと思っていましたよ」

「生憎だけどテロリストと銃口を向け合い、世界中が狙ってる天才と暮らしてた経験があるのよ。それより何の用かしら、乱暴なエスコートは好みじゃないのだけど」

「申し訳ありませんね。本当ならもっとスマートに行くはずだったのですが」


 椅子に拘束されながらも器用に肩を竦める晶に、赤毛の男は上辺だけの言葉を紡ぐ。

 その不愉快な態度に晶が眉を顰めていると、赤毛の男は何もかもを粉飾するような笑みを浮かべて切り出した。


「単刀直入に言いましょう。あなたにはエイリアス・クルセイドとの交渉を引き受けてもらいます」

「不可能ね、交渉に使えるカードがないもの」

「カードはあなただ、マドモアゼル。ワンオフのD.R.E.S.S.、粒子兵器、BLOOD、その全てを手に入れてもらいます」

「少しは頭を使いなさい。わたしではイヴァンジェリン・リュミエールに対してのカードにはなりえないって言ってるのよ」

「あなたの雇用主は部下を簡単に見捨てると、そのような外聞に耐える事が出来るとでも?」

「うちの社長はわたしに興味なんかないし、他の人間にも興味なんてないのよ。ただ1人を除いてね」


 予想通りの誘拐者の考えに、晶は意識的に口角を歪める。

 それは雇用主(イヴァンジェリン)が意図的に作る表情だった。


「ならば、気が変わることでしょう。その嫉妬狂い(グリーン)(アイド)化け物(モンスター)が我々の手に落ちるのも、時間の問題ですからね」

「ちょっと待ちなさい、今あなたなんて言ったのかしら?」


 聞き流せない言葉に晶は思わず問い返してしまう。

 しかし晶の焦った態度に勝機を感じたのか、赤毛の男は虚勢を慢心に変えてニタニタとした笑みを浮かべる。


嫉妬狂い(グリーン)(アイド)化け物(モンスター)が我々の手に落ちるのも時間の問題だといったのですよ、マドモアゼル。幸運にもネイムレスには例のセキュリティはセットされてないらしいですからね。イヴァンジェリン・リュミエールが作った粒子兵器と手を加えたD.R.E.S.S.の両方が手に入るという訳です――もっとも、"中身"の破損は免れないと思いますがね」


 晶はもう終わりだとばかりに嘆息して天井を仰ぐ。


 パリの一角が火の海になるだけならまだいい。

 外交問題、情報社会の壊滅、全世界に対する有形無形の攻撃。


 赤毛の男はその引き金を引いてしまったのかもしれないのだ。

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