[Revolutionary] Witch Hunt 16
すっかり木々の葉が落ちた山中を通るモスクワへの道を進む車のエンジン音、情報を得る為につけられたカーラジオの声、その音達に混じる硬質な物が噛み砕かれ租借される音。
「これマジで美味いな」
「だから言ったではありませんの。ピロシキがダメでピザが食べれるというのであれば、それはただの偏見から来る視野狭窄以外の何物でもありませんわ」
そう言いながらエリザベータは、ピロシキと同じくアレクサンドロフで購入した無糖の紅茶が入った紙コップに刺さったストローを、右手にハンドル、左手にピロシキを持つレイの口元へ差し出す。
車はただ旅の終着点を目指すように走り、2人はカバーストーリーに沿った役を自然に演じていた。
それが義務であるように、そして何かを覆い隠すように。
口に広がる爽やかなダージリンの香りを感じながら、目前に見える検問をその目に捉える。
「余計な事するなよ」
そう言いながらレイはピロシキを口を広げていた紙袋へ押し込み、道路を遮断するように検問を引いている国防軍の人間達の前に車を停車させる。
ハンドジェスチャーで指示された通りに窓を開けると、この日に限って分厚い雲が覆うロシアの冷たい風が車内の温度を一気に下げていく。
「IDを見せろ」
おそらく戦闘もそれの訓練も長らくしていないであろう、醜く太った男が特殊端末を差し出しながら高圧的に窓を開けたレイに告げる。
レイはIDデータを携帯電話から、検問の男の特殊端末へ転送する。
「傭兵、か。モスクワ行きの目的は?」
「頼まれていた物資の輸送。見目麗しい女に、そんな任務の内容。分かるだろ?」
レイはそう言いながら検問を囲む葉の落ちた木々、キリル文字で書かれているために読めない検問の男の名札、その男の手首と視線を移していく。
D.R.E.S.S.らしいバングルは無い事を理解しながらも、レイは意味ありげな笑顔を浮かべて警戒心を偽装する。
「サングラスを外せ、というのもまずいか?」
「まずいだろうな。依頼人がどういう人間かアンタの方が知ってるはずだ、きっと面倒な事になる」
データを眺め終えた検問の男は粘着質な視線でエリザベータを品定めするように見るも、直感でレイの言う国防軍仕官の名前と"面倒な事"に忌避感を抱いたのか視線をレイに戻す。
「ところで、エイリアス・クルセイド、だったか? オーナーの名前を教えて欲しい」
「知る必要はねえよ、俺がアンタの名前を覚えている。それに俺のオーナーは融通の利く奴が大好きだ。期待して待ってろ」
「そうさせてもらう。行ってよし」
決して訪れる事はない未来を思い描き、下卑た笑みを浮かべていた検問の男がそう言うなりレイは窓を閉めて車を再度走らせ出す。
やがてスピードに乗った車が検問を遥か後方に置き去りにした頃、ポケットの中に仕込んでいた少なくはない紙幣、服の中に仕込んでいた拳銃その2つの出番が来なかった事と、呆気ないほど簡単に通過できた事にレイは安堵から深く吐息をつく。
最悪暴力に頼るしかない。
そう考えていたレイはロシア国防軍、ラスール、そしてラスールと協同する民間軍事企業の3つと相対するという最悪の事態を免れた事に心から安堵していた。
拳銃による脅迫。D.R.E.S.S.の展開。どんな規模であれ、検問付近で戦闘行為に近しい事をしてしまえば補足されない理由などないのだから。
そんな事を考えていたレイは、曇っているため若干の暗さを感じる視界であってはならないものに気付いてしまった。
「まさか、わたくしが商売女の類にされるとは思いませんでしたわ」
「他にいい案があったか? 傭兵が連れていてもおかしくない、ああいうクソヤロウ共に余計な事されない案がよ」
「……やるせない限りですわね。嘘をつき慣れてしまいそうで、なんだか恐いですわ」
誤魔化すようにそっぽを向くエリザベータの言葉を聞きながら、レイは前後に1台も居なかった検問の事を思い出す。
レイ達は大統領演説が終わる頃を見計らって検問に向かったため、あの検問に他の車が来ていなかったとレイは断定する。
だからこそ、2人を取り巻く状況はまずい事になっているのだ。
「じゃあ嘘をつかず、真実だけで答えてくれ。車の運転は出来るか?」
「ペーパーですが一応免許は持っていますわ。それがどうしましたの?」
「免許があるだけ俺より上等だ。まずアクセルを踏め」
静かに焦り始めるレイはハンドルをロックしてから自身の右足を指差して、戸惑いを隠し切れないエリザベータにアクセルを踏ませる。
「いいぜ。次は1、2、3で場所を代わるぞ。ハンドルはロックしてある、運転席に座り次第ロックを解除しろ」
レイはエリザベータのシートベルトを外し、背中を支えるようにして立たせる。
エリザベータは戸惑いながらもレイの指示に従い、レイの合図で助手席から左前部の運転席へと移りハンドルロックを解除する。
「それで、次はどうしますの?」
「前方に敵が待ち伏せてる。奴らは俺が引き付けるから、アンタはこのままモスクワへ向かってくれ」
久々の運転に顔を強張らせるエリザベータに、レイはバングルを操作しながらそう答える。
自分達より先にあの検問にたどり着いた車は居ない。しかし遥か前方の道路脇には確かにジープが停車していた。
つまりレイ達はまんまと敵対者の策に嵌められ、待ち伏せを喰らってしまったのだ。
「わたくしにレイさんを置いて行けと、そう仰いますの?」
「ああ、このまま2人まとめてくたばるよりマシだろ。それに連中を片付け次第すぐに追い駆ける」
焦るよりも先にカバーストーリーを詰めていくエリザベータに妙な関心をしながら、レイは助手席のドアのロックを開錠する。
見える限り、敵はジープに乗り切る人数の部隊、そしてレイはD.R.E.S.S.を展開させる際に発生する発光現象を3つ目視している。
サラトフのように纏めて吹き飛ばす事が出来ない以上、レイは限りなく不利であるもののエリザベータを生かすために戦わない訳にはいかない。
「ですが――」
「悪いな、"リザ"。俺は――」
エリザベータの言葉を遮ってレイは助手席の扉を開き、バングルの表面を叩く。
オリジナルカラーであるサンドイエローのクラックと、同じくオリジナルカラーであるカーキのルードが高速で車両に向かっている。
時間は無い。だからレイは何も飾らず、初めて紡がれた自身の名前に目を見開くエリザベータにただ事実だけを告げる。
「――親父みたいに、上手くやれねえんだ」
シアングリーンの光をその身に集束させ、灰色の装甲へと変容させながらレイは車両を飛び越えるように敵対者へと飛び出した。