[Revolutionary] Witch Hunt 15
――まあ、何でもいいか
そう肩を竦めたレイはフライトジャケットとトラッカージャケットを脱いで、ハンガーに掛けてクローゼットにしまう。
15歳から1人暮らしを始めていた自身には当然だったそれだけの事を、面倒に感じられている事に気付かされたレイは舌打ちをする。
もしこれがエリザベータの言う変えて見せるという事なら、それが小さな事でもレイは確かに変化を遂げていた。
――だから何だ
以前泊った宿と同じくベージュを基調とした室内にある、同じくベージュのソファを寝床として品定めするもそのソファは1人用のパーソナルソファだった。
とてもではないがそれは寝るには向かず、レイは仕方無しにベッドルームへ足を向ける。
注文通り存在する2つのシングルのベッド。惜しむらくはそれが同じ部屋に存在している事。
そんな事を考えながらレイはホルスターを外し、インナーの上に唯一着ていたワークシャツと共に窓際の方のベッドへ投げ捨て、自身も同じようにそのベッドへ倒れこむ。
ベージュの天井を見上げていた暗い碧眼を閉じて、レイは状況の整理を始める。
リャザンからモスクワへ行く道は予想通り厳重な検問が引かれており、その隣に位置するトゥーラも同じく厳戒態勢が取られているだろうと判断したレイは車をヴラジーミルへと遠回りしながら走らせた。
広い国土のせいかモスクワへ続く道以外に幸いにも検問は引かれておらず、レイ達は余計な面倒を起こす事無くヴラジーミルまで辿り着く事が出来た。
そしてエリゼベータがベストなタイミングとしていた大統領演説は、話好きな宿の従業員にとって明日の10時からと行われると判明し、2人はアレクサンドロフへ向かいその終了を待ってセルギエフポサードを経由し、モスクワのノーヴィ・アルバート通りを目指す。
――やっと終われる
ギリシャでの任務に比べれば期間は短かったものの、同程度の疲労を感じる日々の終わりに安堵するようにレイは嘆息する。
気が利く女であり、商売敵でもある女。
それだけだったはずのエリザベータ・アレクサンドロフという女の傍に居る事が、今のレイにはなぜか辛く感じられていたのだ。
言葉を交わす事は不愉快ではなかった。
しかし言葉を交わさなくなってから、レイは得体の知れない何かが胸中で暴れ狂っているかのような冷たい不快感を感じていた。
気持ちが悪い、理解が出来ない、そしてこれまでの人生で理解させられてしまった"それ"から逃げ出したい。
想像以上に乱れ始めた精神を抑えるように、ブレスレットと共に着けられたバングルを右手で撫でる。
何も変わらない、何も変われない。
だがそれでいい。
それ以外生きていく方法も、生きていく理由もないのだから。
思考に沈んでいたレイの耳が、遠くで扉が開かれる音を捉える。
起きて食事の有無を確認しなければならない。レイはそう思うも疲労している体は、なかなか起き上がることが出来ない。
そうこうしている間にエリザベータは寝室の扉を開けた。
――腹が空いていれば起こすだろ
しかしそんなレイの考えとは裏腹に、エリザベータはレイのベッドへと歩み寄る。
軋むスプリングの音、エリザベータがベッドに乗った事で形を変えるマットレス。
そしてシャンプーの匂いと、今しがたシャワーを浴びていたであろう熱。
それらを感じたレイは目を開いた。
「……粗野な男が好みだったなんて知らなかったぜ」
「……ここから先が分かりませんの。知識はあるのですが、どうすればレイさんに満足していただけるのか。わたくしにはそれが分かりませんの」
紡がれた言葉を無視して言葉を紡ぐエリザベータは、仰向けに寝ているレイの瞳を覗き込むように覆い被さっていた。
そのエリザベータの姿は一糸も纏っておらず、金糸のように美しい金髪は水玉の結晶を煌めかせ、白磁のような白い肌はシャワーで紅潮しており、彫像のように均整の取れた体は華奢でありながらも女性らしい丸みを帯びていた。
「ストックホルム症候群なんて、冗談じゃねえぞ」
「……そうですわね、レイさんにとってはもう冗談にもなりませんわね」
レイはそう言いながら、脱ぎ捨てていたワークシャツを弱々しく呟くエリザベータに掛ける。
レイにとってこういった経験は初めてではない。
抱く事を要求されるのも、それを拒否する事も。
「お気に入りのナイト様がくたばったら、次は名無しの傭兵が欲しくなったか?」
「命を懸けて守ってくれる自分だけの"恋人"。誰だって憧れますわ」
レイの嘲笑うような皮肉に軽く返すエリザベータは、自身の体をレイに押し付けてその所有権を存在するかのようにレイを抱きしめる。
「レイさんを篭絡しようとしていたのは事実ですわ。単独で人質の救助、その後に敵勢力を殲滅して脱出。特殊部隊の人間でも躊躇するそんな事を成功させて見せたレイさんですもの、欲しくなるのは当然ですわ」
――まあ、そんなもんか
だから護衛は嫌いだ、とレイは深いため息をつく。
いつだってそうだった。
命令に従わざるを得ない立場から勝手にレイを都合の良い存在に仕立て上げ、金で得た優越感を恋愛感情と勘違いしたり、自分の手駒であるように所有権を主張し始める。
D.R.E.S.S.は少数で戦況を変えられる異常な兵器であり、それを扱う人間も決して正常とは言えない。
しかし同時に戦闘のエキスパートである手駒を手中に収めれば、と考えるのは決しておかしな事ではなく、現にギリシャでもダミアン・フリーデンがそうやってその力に酔いしれた。
そしてレイは1つ勘違いしていた事に気付かされる。
――エリザベータ・アレクサンドロフは、心的外傷後ストレス障害を患っている
今までその兆候が見えなかった事。
幼い頃テロに遭遇しても平気だったという発言。
そして命を狙われていると理解しながらも、平然と振舞っていた日々。
そこからレイは勝手にエリザベータは大丈夫だと決め付けていたが、そう断定するにはレイはエリザベータの事を知らな過ぎた。
現にサングラスで隠されていたエリザベータの目元には、その白い肌には痛々しく映る隈が存在していた。
――きっと、これが最後だから
主義を曲げてまで人と向き合う事、そして生きていく上で希望を持てた事。
だからレイは最後にエリザベータと向き合う事を決めた。
「……アンタが探してた真紅のD.R.E.S.S.、ワイルド・カードを纏っていたのはヘンリー・ブルームス――俺の親父だ」
そう告げたレイの言葉に、その身を抱きしめていたエリザベータが息を呑む。
自身の顔の横にエリザベータの顔があるため、レイにエリザベータの表情が分からないがどう思っているか理解出来ている気がしていた。
真紅の装甲、緑色のマシンアイ、黒いスペードのエンブレム。
アメリカ1のD.R.E.S.S.試験部隊フルメタル・アサルトを率い、パーフェクトソルジャーと呼ばれていたヘンリー・ブルームスのD.R.E.S.S.――ワイルド・カード。
そんな父のD.R.E.S.S.をレイが知らないはずがなかった。
そしてそれ知り、理解しているからこそレイはいつも通りの言葉を紡ぐしかなかった。
「俺は、アンタの期待には応えられない」
紡がれた言葉は冷たい不快感と共に、レイにとっての何かの終わりを示すようにベージュの天井へと消えていった。




