First Contact Of [Alias] Troublemaker 3
「――イ、ちょっと待って、レイ!」
聞き覚えのある声にレイは歩みを速めるも、声を掛けてきた短髪の赤毛の少女に黒い革紐を何重にも巻いた右の手首をつかまれて動きを止められてしまう。
「ねえレイ、父さ――じゃなくてスミスさん何だって?」
「アンタには関係ねえだろ」
――情報の機密性の重要さも理解してねえのか
相変わらず自分の神経を逆撫でしてくる、レイと同じH.E.A.T.に所属する傭兵の少女――アネット・I・スミスにレイはそう胸中で毒づく。
情報の漏洩が死に繋がりかねないというのに、代表取締役のジョナサンの義理の娘という立場にありながらアネットはこれまでにもレイの任務を知りたがり、その度にレイを苛立たせていた。
「関係ないなんて言わないで、あたしはレイが心配なのよ」
「してくれなんて頼んだ覚えはねえ。鬱陶しいんだよ、アンタ」
そう言いながらレイは薄いピンクのバングルを着けたアネットの腕を乱暴に振り払い、舌打ちを残してその場から立ち去る。
こざっぱりと垢抜けた端正な容貌の少女が俯いて落胆しようと、レイの中ではアネットは仕事の遂行に邪魔な人間でありレイは気にも掛けもしなかった。
――荷物を纏めておいた方がいいか
3ヶ月とはいえ家に帰れない以上着替えなどの最低限の荷物を纏めておくべきか、とレイは住まいである安アパートへと歩み出す。
趣味が少ないため盗難を恐れるような代物は部屋にはあまりないが、そう多くはないアクセサリーのコレクションだけは持って行かなければならない。
レイがそんな事を考えていると、フィールドジャケットから覗くレイの左手首の端末が着信を告げていた。
左手首は十字架が彫られたプレートを鎖でつないだデザインのブレスレットと、くすんだ灰色のバングルに付いた緑色のLEDを点灯させているバングルが着けられていた。
そのバングルの表面には相手のアドレス以外全てが不明と緑色の文字で表示され、ジョナサンの言う通りとあった事に嘆息しながらレイは通信を受諾する。
『やあ、レイ・ブルームス君だな?』
「初めまして、とでも言っておくか?」
バングルから聞こえるくぐもった低いマシンボイスに警戒心を抱きながら、レイはあくまで態度を崩さずに応答する。
相手がもし自分を嵌めようとしているのであれば、策略は既に始まっているはずなのだから。
『不要だよ、私は君の事を何でも知っているからね』
「気持ち悪い事ほざきやがって、頭でも沸いてやがるのかクソヤロウ?」
『酷いことを言うじゃないか――レイ・ブルームス、17歳。血液型はBのRH+で、誕生日は12月24日、利き手は両手。アメリカ人と日本人のハーフで、黒髪碧眼の民間軍事企業H.E.A.T.に所属する傭兵。量産機ルードを改修したD.R.E.S.S.、ネイムレスを所有。趣味は少ないようだけど、クロムハーツのアクセサリー、特に十字架のモチーフの物をを集めるのが好きみたいだね。大きいフィリグリークロスは、君に1番似合っているように思うよ――ああ、それと私のことはエイリアスと呼んでほしい。私は君の事をレイと呼ばせてもらおう』
「……勝手にすればいい。偽名なんて、素敵な名前じゃねえか」
加工し尽くされ原型すら分からない低音のマシンボイスに、レイは胸元で光っている大きいシルバーで出来たクロスのネックレスを握り警戒心を深めながら皮肉る。
戦歴などの情報は依頼の際に確認する事が出来る。
しかしエイリアスと名乗った通信相手が告げた容姿やアクセサリー収集の趣味などの情報はH.E.A.T.のデータバンクに載っておらず、どうやって知りえたのかレイには予想も付かなかった。
『ありがとう。では早速だけど、依頼を説明させてもらおうか――レイには3ヶ月ほど私の指示で動いてもらう。イレギュラーな依頼もあるかもしれないが、臨機応変に頼むよ。なお3ヶ月も掛からずに依頼を全て完遂しても、報酬は提示した額を払わせてもらおう』
「そいつは願ったりだけど、どういうつもりだ? 優秀な傭兵なら他にも居た筈だ」
敵対するにも情報があまりにもないエイリアスに、レイはずっと引っかかっていた部分を問い掛ける。
こうして通信をしており、そしてエイリアスが無理矢理な方法で連絡を取っていないのであれば前金は既に振り込まれたという事であり、場合によっては20万ドルを得られる楽な仕事で終えられる。
しかしエイリアスは当然のように、レイの考えを越える答えを紡ぎだした。
『それは簡単な事だよ、レイでなければダメなんだ。いくら他の傭兵が優秀であっても、レイ以外の傭兵を信用する事は私には出来ない』
「……意味分かんねえ」
会った事の人間を信用した上にレイでしか信用出来ない、そのエイリアスの言葉にレイは嘆息交じりに言葉を吐く。
傭兵として戦場に出て、金で裏切った協同部隊に背後から撃たれた事があるレイにその完成はどうにも理解が出来なかった。
『私は君の事を何でも知っている、そう言っただろう? 孤立無援の戦場で勝利をもぎ取る事が出来る傭兵、レイ・ブルームス。誰もが知っている訳ではないが、私が唯一信頼する傭兵だ』
「20万ドル持って逃げるかもしれないぜ?」
『レイがそんな事をしない事くらい、ネイムレスの装備を見れば分かるさ。そんな事を出来る人間が、生身の人間を保護する為のシェルカプセルなんて荷物を搭載する筈がない。そうだろう?』
エイリアスのマシンボイスが告げる、自分のパワードスーツの左肩のコンテナに内蔵されている装備の1つにレイは嘆息する。
以前やった救出作戦で必要だった、そう言ってしまおうかとレイは思うも、胸中まで透かしているようなエイリアスの言葉に反発するように毒づく。
「……それなら精々金を絶やさねえことだ」
『分かっているとも。たかだか50万ドルでレイとの時間を買えたのだ、安いものさ』
どこか拗ねたようなレイの言葉に。エイリアスはマシンボイスに愉悦を滲ませる。
このまま話をしていたい衝動に駆られるも、エイリアスは極めて理性的に事を進める。
『では早速ではあるが、家に帰って荷物を纏めてくれ。今日の20時発のフライトに間に合わせてくれ。あと今回の為に作成したIDデータとフライトのチケットをレイの端末に転送するからそれを空港で使って欲しい』
「了解。それで、俺はどこへ行けばいい?」
何かを諦めたような嘆息交じりのレイの言葉に、エイリアスはクスリと笑いを1つこぼして芝居がかった口調でレイに告げた。
『ギリシャのアテネだ。さあ、私達を望む答えへと導く女神とご対面といこうじゃないか』




