[Burn] And [Ash] 7
「そろそろブルームに着く。空港から少し離れた場所に車を置いて、そこからは歩いて行くけど構わねえよな?」
「構わないよ。それより――」
「ブルームスがブルームに行く、とかつまらないジョークを言ったらボストンバッグに詰めてシドニーまで荷物として送るからな」
「お腹空いてない!? アメあるよ!」
図星だったのだろうか、鞄を急にあさりだしたメインにレイは肩を竦める。
ユーモアと頭の良さは共存出来ないのだろうか。
そう胸中で呟いたレイは、メインと同じく頭の良さとユーモアのセンスが反比例する身近な存在を連想する。
もっともジョナサンがセンスを感じさせたものなど、戦争以外何もないのだが。
「いらねえよ。チケットは確保済みだ、アンタには1人でシドニーに行ってもらう」
「え、レイちゃんは?」
「チケットが手に入らなかった。だからアンタとは空港でお別れって訳だ」
「……そっか、なんか寂しいね」
突然突きつけられた別れに、メインは少し暗い笑みを浮かべてシートに座り直す。
襲撃から逃れるようにモーテルを移り住んだ3日間。
決して長い旅ではなかったが、メインにレイに対する愛着と寂寥感を抱かせるには十分だった。
「帰ったら急がしくてそれどころじゃねえだろうよ」
「どういうこと?」
「連絡が取れなくなっていたアンタ、アンタが調査に向かってた鉱山で起きたテロ。きっと知り合い連中に説明するので忙しくなる。この面倒だった時間も俺の事もすぐに忘れるさ」
発掘に必要な人手を除けば、調査チームを必要としないほどに有能な地質学者、メイン・クオーター。
若くして優秀な地質学者にして、放っておけない妹を世間や妹離れしていないだろう兄が探していないはずがない。
捜索願が出されていれば空港を出てすぐに保護され、出ていなければ自宅に着いた瞬間に家族からの質問攻めにあう。
誰彼からも愛され、必要とされてきたメインの今後は、その反対の人生を送ってきたレイでも簡単に見当がついた。
そのシニカルな笑みに何もかもを隠した笑みを見つめていたメインは、何かを思いついたように手を叩いて髪が乱れた自分の頭へと手を伸ばす。
瞬間、1つに束ねられていた髪が花弁のように広がり、プラチナブロンドと鮮やかなブルーはガラス越しの日の光を受けて輝く。
そのメイン・クオーターという溌剌とした生命の潮流を感じさせるような光景に目を奪われそうになったレイは、助手席に向けていた視線を正面へと向ける。
そんなレイのサングラス越しの視線に気付くことはなかったメインは、サイドブレーキに掛けられたレイの右手を掴んだ。
「ちょっとゴメンね」
「何してんだよ」
「いいからいいから、メインちゃんを信じてー」
心底楽しそうに自作のメロディを口ずさむメインに、レイは困り果てたように肩を竦める。
先日の夜のように落ち込まれて泣かれるよりはずっとマシだが、厭世家なきらいを抱えているレイには面倒な事には代わりはない。
手を振り払うのも面倒だとレイがため息をついていると、ふと右手が高めの体温から解放される。
「はい、出来た!」
張上げられた声に顔を顰めながらレイが解放された右腕を見ていると、シャツの袖から覗く手首には何重にも撒きつけられた黒い革紐があった。
「レイちゃんの言う通り、アタシあんまり物覚え良くないからレイちゃんの事忘れちゃうかもしれない。いや、忘れちゃうってよりは思い出さなくなるかもしれない」
メインはバツが悪そうにな笑みを浮かべた頬を指先でかく。
永遠というものがない事は今まで築いてきた人生と研究結果が教えてくれた。
ずっと自分だけを見てくれると思っていた兄は幸せな家庭を築き、焦がれ続けたトリケラトプスは遥か昔に絶滅した。
時の流れに歯向かう事は不可能であり、やがて何もかもが時間に磨り潰されていく。
それでもメインは何もかもに見切りを付けられるほど、物分りは良くなかった。
「だから約束しよ。この革紐がなくなっちゃったり、レイちゃんを"認めてくれる人"が現れるまでお互いを覚えてるって」
「……約束は出来ねえけど、これはもらっておいてやるよ」
感傷からの申し出を断られたというのに満足そうな笑みを浮かべるメインから視線を逸らし、レイは思っている以上に自分を見ていたメインに嘆息する。
メインは自分の過去を話すことはあっても、レイに過去を尋ねることは最後までなかった。
それはレイが傭兵という自分の職業を伝える前からであり、メインは無意識にレイが抱える心の傷に気付いていたのかもしれない。
バカバカしい、と口角を歪めながらもその優しさを心のどこかで心地良く感じていた。




