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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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[Revolutionary] Witch Hunt 13

 ――シャワーでも浴びて寝るか


 翌日短くはない距離を運転しなければならないレイは、立ち上がろうとしたが柔らかな力がそれを阻止する。

 舌打ちを堪えてそちらへ視線をやると、先ほどまで右肩にその身を預けて居たエリザベータがレイの右腕を抱え込んでいた。


「……何のつもりだ?」

「”後で聞いてやる”、そう言質は取ったはずでしてよ?」

「アンタの要望には応えてるつもりだ。それで何が不満だってんだ?」

「いつまで経っても、わたくしを知ろうとしてくださらないレイさんの態度が、ですわ」


 中途半端に立ち上がっていたレイは乱暴にソファに座り込む。

 そう言質を取られたのは事実ではあるものの、そこまでカバーストーリーを深めようとするエリザベータの意図が理解出来ないレイは思わず舌打ちをしてしまう。


 もしエリザベータの言う不満がレイに解決出来ない事であったのなら、予想とは違う形で一方的となった信頼も崩され去ってしまっていただろう。

 積み重なる自身への苛立ちを誤魔化すように深いため息をつき、レイは目を瞑ってエイリアスに与えられた情報を記憶の中から掘り起こす。


「エリザベータ・アレクサンドロフ。性別は女、年齢は18歳、親は政治家であるイヴァン・アレクサンドロフと同じ政党の政治家だったナタリア・アレクサンドロフ――アンタの事はもう十分に知ってんだよ」

「それは政治家であるエリザベータ・アレクサンドロフの事ですわ。わたくしがレイさんに知っていただきたいのは、リザというわたくし個人の事ですの。それにもっと知っていただいてもいいはずですわ、わたくし達は"恋人"なのですから」


 ――ダメだ、こいつが何言ってるのか全然分からねえ


 刻み込むように繰り返される"恋人"という単語、着々と深みを増し変容していくカバーストーリー。

 それらから来る戸惑いから、レイはついに自由になっている左手で顔を覆うように被せて天井を仰ぐ。

 しかしここでエリザベータの機嫌を損ねてしまう訳にはいかず、レイは仕方無しにその望みに応える事にした。


「じゃあ……趣味は?」

「映画鑑賞、それと"恋人"との語らいですわ」

「好きな映画は?」

「マイ・フェア・レディ、ラブ・アクチュアリー、シザー・ハンズ……とてではありませんが、選びきれませんわ」


 思わず顔が引きつってしまうようなエリザベータの返答に、レイは取り合わずすぐさま新しい質問をする。

 恋愛物が中心のエリザベータのラインナップにすら何かの意思があるのでは、とレイは疑ってしまう自身のみっともなさに思わず苦笑してしまう。


 ――マジで意味分からねえ


 自身ではたった1つだけしか変わらない歳も大した違いではないと言ったものの、歳も何もかも関係なく自身とは違う世界に生きるエリザベータ・アレクサンドロフが分からない。


「……何であんなマニフェストを掲げちまったんだ?」


 困惑からか、ずっと引っ掛かっていたその事をレイは思わず問い掛けてしまった。


 暇を持て余した金持ちの道楽、現実を見れない日和見主義(オポチュニスト)の世迷い事。


 はじめはそうとしか考えられなかったそのマニフェストではあったが、レイにはエリザベータ・アレクサンドロフという女がそのどちらにも当てはまるとは思えなかった。


 しかし選挙法に記載されている立候補可能な年齢が引き下げられたロシア。

 反体制派が力を持ち、争いの火種をばら撒いたテロが経済戦争へ変容した時点で、それは命を捨てるのと同じ行為にレイは考えていたのだ。

 現にエリザベータは拉致され、その護衛が纏っていたD.R.E.S.S.は撃破されている。

 そんな人々が勝手な主義主張と金の為に殺しあう世界に、危ない橋を渡らずとも楽に生きて行ける富裕層であるエリザベータが命を懸ける理由がレイには分からないのだ。


癇癪(かんしゃく)を起こした幼稚なわたくしのワガママ、と言ったところですわ」

「癇癪で命を懸けられるのか? 傭兵向きかもな、アンタ」

「命のやり取りなど、わたくしには出来ませんわ――私の昔話にお付き合いいただいてもよろしくて?」


 右肩にその存在を顕示するように輝く、大きな三つ編みに纏められた美しい金髪。

 それを視界の端に捉えるレイは、自身の皮肉に対しても大した反応を見せないエリザベータに戸惑いを募らせながらも頷く事でそれを了承した。


「幼い頃、ワシントンに短期留学していた時期がありましたの。10年ほど前ですので、留学というよりは観光のような気持ちでしたが」


 そう滔々とエリザベータが語りだしたのは遠い日の記憶達。


 1人娘であるエリザベータに広い視野を持たせようと、イヴァン・アレクサンドロフはワシントンに住む自身の友人、ジョシュ・テイラーにエリザベータを預けた。

 父であるジョシュ・テイラー、母であるローリィ・テイラー、そして娘のキャサリン・テイラー。3人はエリザベータを暖かく迎え入れ、エリザベータは一家に心を開いていった。


 ある日テイラー一家はエリザベータをナショナルモールへ連れて行く事にした。

 ナショナルモールにはスミソニアン協会により管理されている博物館などの施設が多数存在し、当時から知的好奇心に溢れていたエリザベータを楽しませるにはこれ以上ないアイディアだととジョシュは考えたのだ。

 そんなジョシュの考えは的中しエリザベータはプログラムのバグの語源になった蛾、その美しさとは裏腹な過去を持つホープという名の呪いのブルーダイア、D.R.E.S.S.が生まれた事によって過去の遺物となる事を危惧されていた戦闘機、その全てに目を輝かせていた。

 1つ年上であるキャサリンは自身の手を強く引くエリザベータに困ったような笑みを浮かべ、その微笑ましい様子をテイラー夫妻は温かい眼差しで見守っていた。

 しかしエリザベータがアポロの月面着陸艇を見上げていたその時、1発の銃声が穏やかな時間を壊した。


 その銃声を生んだ犯人達は、D.R.E.S.S.という最新にして最強の兵器が戦車、戦艦、戦闘機等を保有する軍に優先的に配備される事になった事に反対する警察機構のキャリア候補生達だった。

 携行性に優れ、熟練者であれば1人で大部隊と渡り合えるD.R.E.S.S.は、下手をすれば軍人よりも死ぬ確率の高い警察機構の人間達には喉から手が出るほどに欲しい代物だったのだ。

 そして犯人達はテロなど考えられていないスミソニアン博物館を占拠し、逃げ遅れた人々は壁際へ集められて人質として閉じ込められた。


 妻と娘達を逃がそうとしたジョシュは犯人にライフルで頭部を殴られ気絶し、ローリィはジョシュの頭部から流れる血を止めようとハンカチを赤く染め、キャサリンはその理不尽な暴力の恐怖に震えながらもエリザベータを庇うように抱きしめていた。

 博物館の警備員から強奪されたであろう無線から聞こえるノイズ混じりの声に、犯人達が告げた要求は”警察機構へのD.R.E.S.S.の優先的な配備”というものであった。

 まだ幼いエリザベータには政治的な意味を持つその要求の意図が理解しきれては居なかったが、優しいテイラー一家が血を流し、恐怖に震えた末に手に入れたものが正しいとは思えなかった。

 しかし恐怖からキャサリンにしがみつくように抱き付いていたエリザベータは、恐怖に震えながらも1つの違和感に気付いた。


 先ほどまで確かに聞こえていたノイズが、不自然なほどに消えていたのだ。


 アポロの月面着陸艇を黄金に輝かせていた夕日が不自然な影に遮られた事をエリザベータが理解した次の瞬間、突然の破壊音と共に何かが現れた。

 砕けたガラスの破片の光を撒き散らすように現れたのはそれは3mほどの巨体に纏う真紅の無骨な装甲とエメラルドに光る単眼のマシンアイを持った、スミソニアン博物館にもまだ飾られていない最新にして最強の兵器、D.R.E.S.S.だった。


 その真紅のD.R.E.S.S.は緑色の光の軌跡を描きながらエリザベータ達人質を庇うように、犯人達に大口径のライフルを向けて犯人達へ立ちはだかった。

 そしてそれに続くように形状の違うライトブルーの海上迷彩のD.R.E.S.S.と、不恰好なほどに装甲で盛り固めたグレージュのD.R.E.S.S.が、真紅のD.R.E.S.S.が突き破った窓から博物館へと侵入し、犯人達を人質が集められた壁際とは間逆の壁際へと追いやっていく。

 そして幼いエリザベータはその身に迫っていた死の恐怖すら忘れ、すっかり見惚れてしまった。

 ディスプレイ越しにしか見た事のない、その合金製の鎧(パワードスーツ)に。


「しかしどうでしょう、ここ数年の間にD.R.E.S.S.はただの暴力の手段と成り果ててしまいましたわ。わたくしには、それが気に入らないんですの」


 この事件により急速に力を失った警察機構は、その上D.R.E.S.S.によるテロが多発し始めた頃に、スミソニアン博物館で起きたテロを死者を出さずに解決して見せた軍に吸収される形で併合した。

 そして世界はD.R.E.S.S.という新しい力に反抗するのをやめ、自身達が思うがままにその力を行使し始めた。

 救急車や救助ヘリでは行けない現場での救助活動、瞬時に対象を庇う盾となれる護衛、そしてあらゆる主義主張と経済が絡み合ったテロリズム。

 そんな人々の醜い感情から生まれた戦火に、自身の命を救ってくれたD.R.E.S.S.が飲み込まれていく様をエリザベータは黙ってみている事は出来なかった。

 そして早期に学業を修了したエリザベータは政界へ進出し、人々の望む平和に自身の願望を結びつけて世界を変えて見せると宣言した。


「レイさんはご存知ありませんか? 真紅の装甲、エメラルドのマシンアイ、スペードのエンブレムのルードを」

「……ああ、知ってるぜ」


 昔話を終えてどこか満足げな様子で問い掛けてくるエリザベータから、何かを隠すようにレイは下ろしていた左手で顔を覆い隠す。

 どう足掻こうとも退ける事も出来なかったその身に纏わりつくその存在、そしてそんな無駄な努力を続けていた自身へのレイは失笑が堪えきれないでいた。


「本当ですの!? その方は今どちらにいらっしゃいますの!?」


 言ってしまえば自分の中で”エリザベータ”が終わってしまう。

 そう分かっていてもエリザベータの期待に満ちた目から放たれる、自身ではなくその向こう側に居る何かを見るような視線に苛立ちを感じたレイは、左手で髪をかき揚げて嘲笑を含ませた声で答える。


「とっくの昔にくたばっちまったよ、だっせえ死に様だった」


 その答えに期待から一転させられたエリザベータの顔色は、熱を失うように急速に青褪めていく。

 遅かった。震えだした手を胸に抱くエリザベータはそう思うも、変えられない過去は取り返しのつかない結果を招いていた。


「明日はリャザンの様子を見ながらヴラジーミルまで行く。いつベストなタイミングが訪れるか分からねえ、今日はもう寝ちまえ」

「……そうさせていただきますわ。レイさんも、どうぞごゆっくりなさってくださいまし」


 そう言いながら立ち上がりフラフラとした足取りでベッドルームへと歩んでいくエリザベータに目もくれず、レイは左手のブレスレットと共に着けられたバングルを何かを確認するように撫でる。


 ――クソッタレ


 熱を失った右肩に感じる寂寥感にも似た不可思議な感傷と、アテネでも感じた胸中に広がる冷たい不快感をかなぐり捨てるように、レイは今晩の寝床であるソファを拳で殴りつけた。


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