Destroy The [Groovy] Tribes 6
「おや、こんなところに居ましたか」
警戒するように身を硬くするモレノと背後から掛けられた聞き覚えのある声に、レジーナはいやいやながらもゆっくりと視線をそちらへと向ける。
ゴチャゴチャとした柄のカプリシャツ、ネイビーのハーフパンツ。それらをそう大きくはないが肥大した体に纏う黒人の男――セオドア・デンハムがそこには居た。
「……ごきげんよう、ミスター・デンハム」
「ごきげんよう、ミス・エジオグ。しかし驚きましたよ。男を抱え込んだとは聞いていましたが、まさかこんな少年だったなんて」
「彼はこの戦争の被害者でモレノが認めた立派な戦力です。変な言い方はやめてください」
レイに向けられたデンハムのあからさまに蔑むような視線に、レジーナは思わず語気を強めてしまう。
護衛の任務を拒否すれば死に、期待に応えられなければ死ぬ。
そう言ってのけたのはまだ年端もいかぬ少年で、少年の体は1人で起き上がる事すら出来ないほどに弱っていた。
しかし少年はそれを押してまでレジーナの信頼を求めた。
その合金製の強さと蜃気楼のような儚さを持ち合わせた少年を、デンハムのようにく人以外を排除しようとする人間達から守ってやらなければならない。
それだけがレイを縛り付けたレジーナに出来ることなのだから。
「しかし武装していた行き倒れに物資を与えたのはあなたですよね」
「彼に与えた物資のほとんどは私の私物です。彼は組織にとって不利益な存在ではありませんし、私物の使い方に文句を言われる筋合いはないはずです」
「ではその少年を前線に出すと?」
「彼には私の護衛に就いてもらいます。信用ならない人間と戦列を共にしたくはないでしょうし、私が彼の手綱を握っている方が安心でしょう」
あくまで責任は自分が持つとレジーナに、デンハムはあきれ果てたように首を横に振る。
「ミス・エジオグ、やはりあなたは何も分かっていない」
「何が仰りたいのか、私には分かりかねます」
「あなたの立場と何人の人間達が何を目的にこの組織に加わったのか。考えれば分かるはずですよ」
途端に悪寒という形で体に這うデンハムの粘着質な視線に、レジーナは思わず体を強張らせてしまう。
体に起伏が生まれ始め、顔立ちが母に近付いていく度に増えていった視線。
レジーナは粘着質なそれを人前に出る度に向けられていたが、実際のところ流されるまま生きてきたか弱い女でしかないレジーナには恐怖でしかない。
恐怖心を責任感に閉じ込めて、レジーナは睨みつけるようにデンハムに視線を返す。
「……それと彼と何の関係があると?」
「麗しい女王の傍に得たいの知れない男を置いておきたくないんですよ。あなたはもう少し理解するべきだ、彼らが何を望んでいるのかをね」
「ならアンタもナイトらしい振る舞いが必要なんじゃねえのか」
そう嘆息交じりに吐き捨てたレイは、聞いてられないとばかりにレジーナとデンハムの間に割って入る。
予想外の介入と先ほどまで支えていた背にレジーナは息を呑む。弱々しさを感じさせていた背がとても頼もしく見えたのだ。
デンハムは眉間に皺を寄せて、あからさまに不機嫌そうに顔を歪める。
「君には関係のない話だよ」
「彼女は行き倒れてた俺を拾っただけ。得体の知れない俺を責めるならともかく、人道的な行いをした彼女が責められる理由はねえはずだ」
「たとえそうだとしても、組織の人間ではない君には関係のない話だ」
「余所者は黙ってろってか?」
レイは我が意を得たりとばかりに口角を歪めるが、デンハムはあきれ果てたように嘆息する。
権謀術数の人間ではないレイで思いつくようなことを、口先だけで渡り歩いてきたデンハムが理解できないはずがない。
「護衛の自分には口を出す権利があるとでも言うのかい? D.R.E.S.S.戦の実力は知らないけど、一人前の口を利く前に2人の保護から抜け出す事を考えるんだね。鎖に繋がれた犬がいくら威嚇しようとその牙が届く事は――」
「デンハム、こいつの監視は私が受け持つ。心配は無用だ」
「……組織1の美女と組織1の実力者を取られてしまうなんてね。飛んだ疫病神だよ、彼は」
終わらない問答、レイの噛み付く割には稚拙な話術。
それらに辟易したとばかりにモレノに、デンハムは苛立ったように吐き捨ててその場を後にする。
デンハムの足は停められたジープの方へと向けられ、レイとモレノはやがて走り出したジープが遠くへ消えていくのを警戒しつつ眺めていた。
レイにとっては護衛対象と浅からぬ存在、モレノにとっては監視対象と諍いを始めた厄介者。
言葉でしか存在しない信頼で結ばれているこの場で、誰もが誰もを警戒せずに入らない。
「……わりい、面倒掛けちまってるよな」
「そう思うのであれば結果を出せ。口先だけで英雄になれると思うな」
思いのほか感情的なレイにモレノはそう言いながら、胸中でその評価を改める。
D.R.E.S.S.戦にはセンスを感じさせるものがあったが、本人は歳相応に感情的であり、潜入者の適正をモレノに疑わせたのだ。
それでも守るべき女王の視線はその新参者に注がれており、これから起こるだろう面倒ごとにモレノは静かに嘆息した。




