Destroy The [Groovy] Tribes 5
厳しい日差しが突き刺さる荒野の砂を2機のD.R.E.S.S.が巻き上げる。
灰色のルードが跳ね回るようにシアングリーンの軌道を描き、それを迎え撃つようにサンドブラウンのルードが拳を突き出す。
灰色のルードはバックブースターを一瞬点火する事で運動エネルギーを殺し、間一髪で合金製の拳から逃れ、装甲に包まれた腕を強く蹴りつける。
ブースターの運動エネルギーを乗せた蹴り、それは灰色のルード――ネイムレスの切り札の1つだった。
紛れもない必殺の1撃。
しかしモレノの纏うサンドブラウンのルード――ヴォデゥンは、その蹴りの精度を嘲笑うかのように分厚い腕部の装甲で受け止める。
速度が乗った蹴りは決して軽いものではなかったが、全身を装甲で覆い尽くしたヴォデゥンが耐えられないほどではない。
運動エネルギーを灰色の足は動きを止め、その足をサンドブラウンの手が掴み、容赦なくネイムレスを下界へと引きずり落とす。
ネイムレスは背部ブースターをフルブーストさせて無理矢理逃亡を計り、ヴォデゥンは足からを手を離してネイムレスを解放した。
『やはり時期尚早だったな』
『期待はずれだってか?』
レイはそう吐き捨てながら、ネイムレスの姿勢を立て直して着地する。
レイの敗北は明らかであり、その声色にはどこかシニカルな響きが内包されていた。
だがヴォデゥンの装甲を重ねられた頭部は、横に振られてその言葉を否定する。
『違う、病み上がりにやらせるべきではなかったと言っているんだ。蹴りにしても回避起動にしても軸がブレ過ぎだ』
『……すげえな、この組織には凄腕しかいねえのか?』
「モレノが特別なだけ、彼はうち1番の腕利きなのよ」
集音マイクが拾った女の声に、レイとモレノはD.R.E.S.S.を粒子に光に拡散する。
シアングリーンとマゼンタの粒子の光は2人の手首へと集束し、合金のバングルへと変容する。
超重量級であるはずのヴォデゥンを軽々と操り、軽量機であるネイムレスの動きを完全に追いついていたモレノ。
そんなモレノはネバー・サレンダーの切り札であり、レジーナがレイを必要とする理由だった。
砂地の地面に降り立ったレイは未だ勘を取り戻せていないのかふらつき、レジーナは慌ててその背に手を伸ばして支える。
返却した荷物に入れられていたカーキのシャツ、デザインなのか分からない汚れのついたデニム。
比較的高身長のレジーナにとっては、それほど変わらないそれらを纏う少年の体躯。
"魅せる"目的程度のシェイプアップしかしていない自分が、かろうじて支えられてしまった歪な成長を遂げた少年。
腹心の言う通り、病み上がりの彼に模擬戦を許可したのは早計だった。
僅かな後悔を瞳に灯しながら、レジーナは首に掛けていたタオルで汗を拭うモレノへと視線をやる。
子供を一方的に痛めつけていたのを気に病んでいるのか、その顔はどこかバツが悪そうに歪められていた。
「モレノ、レイはどうかしら?」
「病み上がりという点を加味しても腕は悪くありません。ですが速度と援護を必要としていない格闘戦がメインのようですので、扱うのは難しいかと」
「……そこまで分かるのかよ」
迷いなく答えるモレノに、レイは信じられないとばかりに顔を歪める。
物資の枯渇から装備の使用は禁じられ、レイは無手での格闘戦のみでモレノに評価される必要があった。
しかしモレノはブレードユニットやミサイルという切り札と、マシンガンという牽制手段を封じられ、一方的な敗北を喫したレイとは裏腹に相手をしっかりと評価をしていたのだ。
「そう、1人で戦えるってことね」
「よく言えば、ですが」
希望的観測にしか聞こえないレジーナの言葉に、モレノは嘆息交じりに言葉を吐き出す。
行われるD.R.E.S.S.戦は基本的に部隊戦ばかりだが、主戦力である違法改修ナーヴス部隊のいくつかが壊滅させられた以上、レイはネバー・サレンダーにとって都合の良い戦力である事は間違いはない。
真っ当な訓練を積んだ他国の傭兵と、ろくな物資も持ち合わせていないナーヴス部隊。
そのどちらでもない自分の特異さを理解している2人は、簡単にはレイを手放す事は出来ないのだ。
「決めたわ、レイは私の護衛にする」
「……監視は続けますよ?」
これ以上は何を言っても無駄だと察したのか、モレノは力なく肩を落とす。
年齢不相応の実力を見せた少年を手放しで信用できるはずがなく、モレノは主と新しい部下の関係を考察しなければならない。
モレノにとってそんな邪推するような行為が気分の良い物であるはずがないが、レジーナはそんなモレノとは対照的に満面の笑みを浮かべていた。
「分かってるわよ。彼が信用されるにはそれしかないんですもの、仕方ないわ。レイもそれで構わないかしら?」
「何度も言わせるなよ。どうせ死んでた身だ、せいぜいミス・エジオグのために使ってやるさ。守れって言うなら何があってもアンタを死なせやしねえし、敵を殺して来いって言うなら誰でも道連れにしてやるよ」
心酔されているのか、それともただ自棄になっているだけか。理解しかねるレイの言葉にレジーナは思わず顔を強張らせてしまう。
組織の人間である以上、命懸けの戦闘は避けられないのは事実だが、無理を通して救った命を散らせたい訳ではない。
だが欲望が渦巻く潮流に少年を引きずり込む事を望んだのはレジーナなのだ。
自身の醜い部分から目を逸らすように、レジーナは自分の手から離れるレイへと視線を向ける。
若干血色が戻り始めた顔にはシニカルな笑みが浮かべられ、焦点の定まっていなかった暗い碧眼は不思議な輝きを灯していた。
「……私達は何があってもあなたに死を強要することはないわ、覚えておきなさい。それとミス・エジオグはやめてちょうだい。なんだかくすぐったいし、言葉遣いと比べてちぐはぐ過ぎるわ」
「敬語を使えとは言わねえんだな」
「護衛の任務を強要しているんですもの、これ以上あなたに何かを強要したくないのよ」
シニカルな笑みを浮かべていたレイの顔が途端に訝しげな物に変わり、レジーナはどこかバツの悪そうに目を逸らした。
表面上は穏やかにしているレジーナも、その内心は穏やかなものではなかった。
簡単に命を捨てると言ったレイ、配下に置くといいながらも死なせないといったレジーナ。
お互いに困惑しているという点ではイーヴンだが、互いに抱えている感情は違う物なのだから。
「じゃあ何て呼べばいい?」
「レジーナでいいわ、私もレイって呼ばせてもらうから」
「あいよ、女王様」
シニカルに告げられた自分の名前と仮初めではあるが、繋げられた唯一の絆にレジーナは胸を撫で下ろす。
あのまま荒野で放置していればレイは間違いなく死んでいたが、自分が連れてきたせいでレイを死なせてしまうなどあってはならないのだから。




