Destroy The [Groovy] Tribes 1
2台のジープがジンバブエの荒野を駆け抜けていく。
車輪は砂埃を巻き上げ、後方から放たれた弾丸は前を走るバックガラスを飛散させ、車内には女の悲鳴が響き渡る。
ジープには執拗に付き纏われ、銃口は悪辣なほどに女達を狙っていた。
そう、女達は追われているのだ。
「モレノ!」
飛散するガラスから守るように女に覆いかぶさっていた少年は、運転席の男へと声を張り上げる。
その声には歳不相応の危機感が滲み、まだ幼さを残す顔は組み敷いている女の事を思っているのか険しく顰められていた。
「黙れ! 今お前の相手をしている余裕はない!」
モレノと呼ばれた黒人の大男は必死にハンドルを捌きながら少年に怒鳴り返す。
懸念しているのは相手が未だ行使に至っていない装備だった。
こちらが1台の車両とはいえ、確実な勝利を得るのであれば数で押し切ればよかったはず。だというのに敵対者達は1台の車両で女達を追い駆けている。
その事実が敵対者達がD.R.E.S.S.を装備しているのをモレノに理解させ、その状況は歴戦の猛者であるモレノを焦燥させていた。
「黙んのはそっちだ! いいか、俺が連中を引き付ける! アンタはレジーナを連れて逃げろ!」
「そんなの絶対にダメよ!」
レジーナと呼ばれた女は自分を組み敷いている少年へと声を張り上げる。
彼が戦争を生業とする傭兵である事をレジーナは知っている。
だが彼はあくまで16歳の少年であり、"革命の戦士"である自分達が少年を捨て駒にするなど許されるはずがない。
しかし話はレジーナの望まぬ方向へと進んでしまう。
「……勝算はあるのか?」
「モレノ!?」
「レジーナ様、このままでは我々は犬死です。何より自分達はあなたに生きてもらわなければなりません。たとえ何を犠牲にしてもです」
信じられないとばかりに目を向けてくる主にそう言いながら、モレノは主を組み敷いたままの黒髪の少年へと視線をやる。
傭兵とはいえ、成人もしていない子供にはあまりにも酷な状況だというのは理解している。
だが主と少年を2人きりにする訳にもいかず、この場を切り抜けるにはD.R.E.S.S.の戦力が紛れもなく必要。
それを理解しているモレノに選択の余地などないのだ。
「連中をアンタらから引き離すだけ引き離して逃げりゃいいだけだ。アンタは何も考えないでレジーナを連れて逃げろ」
「そんなの認められないわ!」
そう言って離れようとする少年を、レジーナは咄嗟に抱き寄せる。
レジーナには不安でしょうがないのだ。
何の罪もない人々や仲間が死んでいくのをむざむざと見せ付けられてきた。
理不尽な暴力でいくつもの村が消えたのを知っている。
戦う以外の道を失ってしまった事など、考えるまでもない事実だ。
しかしレジーナは豊かな胸を潰すように抱きしめている、その存在を失ってしまう事をただ恐れているのだ。
「やらなきゃならねえ事があるんだろ! 俺の為なんかに躊躇ってんじゃねえよ!」
「それでもよ! たとえ私達が逃げ切れたとしても、私達が勝利をつかめたとしてもあなたが居なければ意味なんて――」
頭に血が昇り、声を張り上げていたレジーナの口を暖かい何かが塞ぐ。
眼前に迫った鼻筋の通った東洋人に近い顔立ち、閉じられたまぶたの向こうの暗い色の碧眼、そして唇に重ねられた熱い体温。
想いを寄せていながらも、どこかで子供扱いしていた少年の行動にレジーナは驚愕し目を見開く。
鼓動は熱く、それでいて激しく高鳴り、体と感情は抱きしめているはずの熱量を更に求めていく。
しかし少年の手はその欲望を宥めかすようにレジナーの頬を撫でて、ゆっくりと体を離していった。
「レジーナ、帰ったらアンタに言いたい事があるんだ。だから待っていて欲しいんだよ。アンタが待っていてくれるなら、俺はきっと生きて帰れるから」
頬に手を添えられながら穏やかに紡がれた言葉に、レジーナは悔しげに唇を噛み締める。
大事に思ってもらえるのはこの上なく嬉しいが、少年を追い詰めてしまったのは紛れもなくレジーナなのだ。
だからこそレジーナは、少年の申し出を断る事は出来ない。
「……ずっと待ってる。ずっと待ってるから、絶対に帰ってきなさい――」
体に回していた手を頬を撫でる少年の手に重ね、レジーナは縋りつくように囁く。
感情が強く訴えるのだ。
"革命の先導者"ではなく"1人の女"として見てくれた少年を、最初で最後の1人を決して手放してはならないと。
そして少年はその答えに満足げな笑みを浮かべ、後ろ手に扉を開けて社中から外へと飛び出した。
その体はシアングリーンの粒子の光に包み込まれ、開いていく距離は2人を確かに遠ざけていく。
やがて顕現する灰色の鎧を見つめながら、レジーナは愛しい名前を口にした。
「――レイ」




