Heart In [Framed] Flames 1
薄暗い室内に唯一の明かりを差し込ませるステンドグラス、纏わり着く不快なほどの熱気、そして一方的に浴びせられる子供達の声。
レイ・ブルームスは快適とは言えないその状況の中にありながら、子供達の言葉に応える事無く辟易したように顔を歪めていた。
それもそのそのはず。
レイが居るそこはシリア、クネイトラ郊外にある教会の礼拝堂であり、子供達が話す言語はアラビア語だったのだ。
「悪いけど英語と日本語以外分からねえんだよ、片言でもいいから英語喋れる奴は居ねえのか?」
子供達によって引き摺り下ろされたシャツの袖を捲くり直しながら、それでも変わらない言葉と暑さにレイは深いため息をつく。10人ほどの子供達が自分を囲んでいるのからそれも無理はないだろう。
しかしレイは子供達から自己紹介をされてはいたが、誰1人として名前を覚えていない。
自分の人嫌いも度が過ぎているとは思うが、異国の言葉で矢継ぎ早に言われては理解できるはずがない。
レイは深いため息をつき、自分を取り囲む状況から逃れるようにステンドグラスを睨みつけた。
1週間ほど前、レイはジョナサンに1つの任務を"押し付けられた"。
依頼内容は"シリアのクネイトラ郊外にある教会とそこに保護されている子供達をテロから守って欲しい"というものだった。
英語が通じないような場所に行ってまで、見知らぬ子供達を守る義理はない。
そう言ってレイは任務を拒否しようとした。
しかしジョナサンに"任務を請けなければならない理由"をちらつかされてしまえば、レイのように口が上手い訳ではない傭兵は拒む事は出来ない。
そこが自分の弱点だと理解していても、レイには疑う事しか出来ないのだから。
捲くり直したばかりだというのに再び手首までを覆うカーキの袖に顔を顰めていたレイは、教会の外から車のエンジン音とブレーキ音に僅かに眉を動かす。
シャツの内側に隠したワルサーPPKに意識をやりながら、レイは子供達をその場に置いて扉へと向かって行く。
掃除を手伝わされたステンドグラス、傷んだチャーチチェア、ピッチの合わないオルガン。
この教会にある価値があるものと言えば、戦力として教育を施せる子供達だけなのだ。
所々が欠けた木製の扉を開けたそこにあったのは、開けた荒野と見覚えのある黒のジープ。
あくまで警戒と解かずに車に近付き、レイはさりげなく左手首の灰色のバングルに触れてセンサー類を起動する。
生体反応は1つで、爆弾などの反応はない。
狙撃などの心配も必要ないため、レイは警戒を解きながら車の扉を開いた。
後部座席には食料が大量に詰め込まれた紙袋がいくつか、運転席には修道服を着た女が1人。
レイは紙袋を手に取りながら警戒を解いた。
「随分ゆっくりだったじゃねえか」
「すいません、1人だとちょっと大変でしてぇ」
柔和な笑みを浮かべる浅黒い肌の整った顔、ウィンブルを被っていないためにフードから流れる黒のおさげ髪、子供達の中に紛れてしまいそうなほどに小さな体躯。
この教会の唯一のシスター――モニカ・ヴィッカーズはキーを捻ってエンジンを止めた。
「そもそも俺が行けばいいんじゃねえのか?」
「でもレイ様はアラビア語お話になれませんしぃ、父様が居ない教会に子供達を置いていく訳には行かないじゃないですかぁ」
足が着かないため運転席から飛び降りたモニカの言葉に、レイは返す言葉もないと肩を竦める。
レイが派遣されたこの教会に居るのは、たった1人のシスターと10人ほどの子供たちだけなのだ。
孤児達が集められている事から、レイはモニカの言う"父様"は神父の事だと仮定していた。
神父の居ない教会をテロから守るのは、神や信仰ではなく傭兵と鋼鉄の装甲なのだ。
「それにモニカにはこれがあるんで大丈夫ですよぉ」
事実を裏付けるようにモニカは、右手首に鈍く輝く白いバングルをレイに見せ付ける。
それは紛れもなく最新にして最強の兵器、D.R.E.S.S.だった。
「汝殺すなかれ、とかは言わねんだな」
「20世紀まではそれで良かったのかもしれませんけどぉ、今じゃもう武器を持ってなきゃ殺されちゃうじゃないですかぁ。父様が居なくなった以上、あの子達を守れるのはモニカだけですしぃ」
躊躇いのない言葉を紡ぎながら、モニカはどこか悲しそうに眉尻を下げる。
父と慕う神父が消え、守るべき子供達が居るのだからそれも無理はないのかもしれない。
レイはそう嘆息して、車とモニカに背を向けて教会へと歩み出す。
街が消えて教会だけが残ったのか、それとも街が消えた後に教会を建てたのか。教会の周辺には建物1つもない。
しかしこの教会にはテロリストに襲撃される可能性があり、されるだけの価値があるのだ。
決して豊かとは言えない教会の資金を使ってでも、カトリックの教義に反しているであろう薄汚い傭兵を雇わなければならないほどに。
「モニカが出掛けてから何か変わった様子はありましたかぁ?」
「いいや、いつも通りアイツらに囲まれて何言ってるのか分からねえって困ってただけだ。アンタが望むような世話が出来てたとは思わねえけど、脱水症状を起こさないように定期的に飲み物は飲ませておいた」
「そうですかぁ、ありがとうございますぅ」
そう言って下げるモニカにレイはくすぐったそうに肩を竦める。
真っ直ぐに感謝の言葉を向けられた事など、そう多くはないのだ。
「ところで神父、アンタの親父が消えたのはいつごろだ?」
「ほんの数ヶ月前ですぅ。出て行ったっきり帰ってこなくてぇ」
むず痒さを誤魔化すように問い掛けたレイは、返された答えに眉を顰める。
神父は襲撃された際に殺された訳ではなく、教会から離れていた際に消された可能性が高い。
しかしなぜ郊外にある教会の神父が殺されなければならないのか。
相手がルールも何もない武装テロ組織だとしても、たかだか子供達を攫うためだけに殺すという手間を掛ける理由がレイには分からない。
武装テロ組織に狙われる可能性がある子供達と教会。
鋼鉄の装甲で武装するシスター。
そこに守人として呼び出された傭兵。
肩で傷んだ木製の扉を開けてレイは深いため息をつく。
小さな体躯のせいで子供達に紛れてしまっている修道服の女。
少女にしか見えないシスターが武装するに至った心境をレイは理解できそうになかった。




