[Revolutionary] Witch Hunt 8
「それにしても随分雰囲気が変わりますのね」
「なんの話だ」
疲労から立っていられないとばかりにソファに座り込み、さきほど購入したブーツから宿で用意されていたスリッパに履き替えるエリザベータの言葉に、レイはエリザベータの服等を入れた旅行鞄等の荷物をクローゼットへとそのまましまい込みながら返す。
「態度も、言葉遣いもですわ。そちらが地なんですの?」
「ああ、俺は粗野な傭兵なんだよ――お望みとあれば、こちらの態度で接しますが?」
見るからに育ちの良いエリザベータには、粗野な傭兵の態度は刺激が強すぎるかもしれない。
そう考えたレイはそう言いながら態度を改め、取り繕った笑みを浮かべる。
しかしエリザベータは不満そうな表情を浮かべて、口を開いた。
「結構ですわ、そう言った態度はもう飽き飽きですの。それに"恋人"にそんな取り繕ったような笑みを向けられて喜ぶレディなんていませんのよ?」
「覚えておく、いつか出来るアンタじゃない"恋人"の為にな」
「アンタではなくリザ、ですわ。レイさん」
「OK」
そう気のない返事を返しながらレイはフライトジャケット、トラッカージャケット、カワークシャツを順に脱いで、クローゼットのハンガーに掛けていく。
服で隠されていた2丁の拳銃に顔をしかめるエリザベータを無視するレイは、思い出したかのように今しがたしまいこんだボストンバッグを取り出す。
レイはすっかりくすんでしまったボストンバッグの金色のジッパーを引き、エリザベータの衣服を購入するまでは寒気を誤魔化すように着ていたレザーのフィールドジャケット除けて黒い箱を取り出してエリザベータへと差し出す。
「気に入るのがあるかは分からねえけど、約束通り何か貸してやるよ」
「覚えていてくださったんですのね」
「そこまでボケちゃいねえよ。趣味に合わなくても文句言うんじゃねえぞ」
白いインナーの上からつけられたホルスターの中身にしかめていた表情を、嬉しそうな笑みに変えながら箱を受け取るエリザベータにレイはそう憎まれ口を返す。
レイに合わせたのかエリザベータはシンプルな衣類を選んで買うも、飾り気のない胸元を気にしており、それを見かねるもアクセサリーの出費は避けたかったレイは自身のコレクションの1部をエリザベータに貸す事にしていたのだ。
エリザベータは革張りの箱を開けて、楽しそうに中身を1つ1つ見ていく。
その箱の中には現在レイの胸元にぶら下がっているサングラスを掛けられた大きなフィリグリークロスを手に入れてからというもの、ほとんど着けなくなってしまった物や、デザインを買ったものの1度も着けていない物ばかりであった。
そう言った意味でもコレクション以上の意味を持たせてやれるのはいい事だとレイは思うも、男である自身が選んだ物がエリザベータの趣味に合うかまでは知らない。
そう言わんばかりにエリザベータの向かいのソファに乱暴に腰を掛けたレイはローテーブルに胸元のサングラスや、ポケットの中の財布と電源が切られた携帯電話、そして手の平サイズの黒いシガレットケースと赤のシガレットケースを並べていく。
――そろそろ時間か?
そう胸中で呟いたレイは部屋の壁に掛けられた時計を睨み、続けて黒い合金のケースを睨みつける。慣れたとはいってもソレを好きになれる日は来ないだろう。
「これをお借りしてもよろしくて?」
そう言いながらエリザベータは、箱から金のチェーンに通されたチャームと細いチェーンで十字架を模った同じく金で作られたネックレスを取り出す。
華奢なデザインに惚れ込んで買ったものの、レイには似合わず箱にしまいこまれていたそれを見ながらレイはため息混じりに呟く。
「……それだけは絶対に返せよ?」
育ちが良いエリザベータにとっては大した金額の品物ではないかもしれないが、ただの傭兵であり命を懸けて得た金で買ったそれはレイにとってはとても貴重な物なのだ。
「分かっていますわ。何にせよ大事にさせていただきますわ、大事な"恋人"に貸していただいた物ですもの」
「……決まったならさっさと寝ちまえ、明日の10時にはチェックアウトするからな」
何が楽しいのか言い聞かせるように繰り返されるエリザベータの言葉に、レイは顔を歪めながら背後にあるベッドルームの扉を親指の先を向ける。
エリザベータを休ませるためにヴォロネジでの1泊を決めたのだから、こうやって無駄な時間を過ごす事はレイにとって本位ではないのだ。
「そうさせていただきますわ。レイさんはまだ起きていますの?」
「寝ねえよ。俺が寝たら誰がアンタの護衛をするんだよ」
レイのその言葉に、アクセサリーケースを差し出していたエリザベータの表情は訝しげな物に変わる。
たった1人で救出作戦を実行し、ヴォロネジまで不眠不休で車を運転し続けた疲労は無視出来るようなものではないはずだという事くらい、荒事を知らないエリザベータでも理解出来る。
「ですが、レイさんはあの時から一睡もされていないのでは?」
「大丈夫だ、これがある」
そう言ってレイは黒い合金のシガレットケースを開き、その中身をエリザベータに見せる。
白濁色の薬液が入った5本の注射器と、既に使われ空になっている1本の注射器。
レイの口振りとその特徴的な白濁色にエリザベータは、それが意識を覚醒させるナノマシンだと理解する。
「……そうは仰いますが、顔色もあまり良くありませんわ」
「ネイビーシールズの連中はドーピング無しで96時間訓練し続けるそうだ。ドーピングありなら、アンタをモスクワに送り届けるくらいまでは余裕だろ」
レイはそう言うもそのナノマシンに疲労緩和の効果などなく、意識を無理矢理覚醒させ続ける効果しかない。
そして約510kmのいかなる妨害があるか分からない旅をそれで乗り切り続けるというのは、無茶であるという事は火を見るより明らかだった。
それでもフィオナのように大多数の人間達に守られていた状況とは違い、エリザベータを守れるのはレイ1人だけである以上無茶も通さなければならない。
アクセサリーケースを受け取ろうと伸ばしたレイの手に触れたのは、黒い革張りの箱ではなく白磁のような白い肌の手だった。
ひんやりとした感触のそれは、レイを立ち上がらせて未だその向こうを見ていない寝室の扉へと導いていく。
「おい」
疲労がピークに達しているであろうエリザベータの手を振り払う事が出来ないレイは、そう威圧するように声を掛けるもエリザベータはそれを無視してベッドルームの扉を開けてレイを室内へと引きずり込んだ。
そしてエリザベータは引き摺り下ろすようにレイをベッドへ腰掛けさせる。
「わたくし、抱き枕がないと眠れませんの」
「知らねえよ、毛布でも丸めて寝りゃあいいだろ」
自身が貸したネックレスをサイドボードに置き、その上自身のホルスターを外そうとしているエリザベータに、レイは若干睡魔に犯されつつある意識をなんとか保ちながらそう毒づく。
しかしそれでもエリザベータは一切退く様子を見せないどころか、責めるような視線をレイに向けながら口を開いた。
「何度言っても名前を呼んでくれない困った"恋人"には、制裁が必要だと思いますの」
ようやくホルスターのアタッチメントを外せたエリザベータは、引っ張るようにしてホルスターをレイから奪って近くの椅子にそのまま置いた。
――こいつはこいつで面倒くせえ
清潔とは言えないインナーの胸元に顔を押し当てながら、ゆるやかにベッドへと自身を寝かせていくエリザベータにレイは胸中でそう毒づく。
これがアネットであればレイは手をつかまれた際にその手を振り払うどころか、宿に泊る事もせずにモスクワ行きを強行していただろう。
しかしそんな事を知る由もないエリザベータはようやくレイの胸元から顔を離し、不機嫌そうに歪むレイの顔を見上げた。
暗い海の底のような暗い碧眼と、それとは対照的に透き通るブルーサファイアのような碧眼。
「おやすみなさいませ、わたしの"恋人"」
そして満足したように微笑むエリザベータはそう言いながら、その碧眼をまぶたの中へと閉じ込めた。
――本当に寝やがった
やがて胸元で立てられる穏やかな寝息を聞きながらレイは胸中でそう呟く。
こういった経験がない訳でもないが、決して多い訳でもない。
それでも育ちの良いエリザベータという、自身が生きてきた世界に居る女達とは明らかに違う存在にとってこれが普通でない事くらいはレイであっても理解出来る。
脱ぐ事が出来なかったブーツを窮屈に思いながらも、ナノマシンの効果が本格的に切れ出し薄れていく意識の中でレイは負け惜しみのように呟いた。
「何でベッドが1つだけなんだよ、クソッタレ」




