It's Time To [Vampire] Hunt 2
「バックアップ無しの単独潜入。それが出来るのは間違いなくレイ君だけです」
ついに頭を抱え込み始めたレイにジョナサンは諭すように告げる。
元軍人を騙し通す演技力、未熟とはいえD.R.E.S.S.部隊を1人で殲滅する実力、そして何よりもその実力を裏付ける"血"。
その全てを兼ね備えているのは、レイ・ブルームスただ1人なのだから。
「ファイアウォーカーはどうした? あのクソヤロウはH.E.A.T.最強の腕利きなんだろ?」
「彼に潜入が出来ると本気で思っているんですか? あれだけ自己顕示欲の強い彼に」
至極真っ当なジョナサンの言葉にレイは言葉を失ってしまう。
確かにファイアウォーカーは戦場において最強の戦力ではあるが、決してあらゆる状況における最良の戦力ではない。
潜入先で吸血鬼とマクベスの繋がりの高説を垂れて、問題を起こす事は想像するに容易かった。
レイは諦めたとばかりに深いため息をつき、舌打ちをし、おまけに腰掛けているソファを踵で蹴る事で苛立ちを飲み込む。
面倒な任務である事は間違いないが、レイが傭兵として強くなるには間違いなく望外な任務なのだから。
「条件がある。1つ、D.R.E.S.S.戦力を俺の他に用意すること。2つ、そのD.R.E.S.S.戦力にウィルマ・マリーを預けた後脱出させること。3つ、誰にも余計な手出しをさせないこと」
「初めてですね、レイ君が他のD.R.E.S.S.戦力が必要とするなんて」
「条件を満たすにはこれしか方法がねえだろ」
そう言いながらレイは苛立たしげに黒髪に指をかき入れる。
救出をD.R.E.S.S.で行う事で信者達を牽制し、D.R.E.S.S.を唯一所有して居るだろうジミー・ハーバーを戦場に引きずり出す。
そしてレイが殺害対象と戦闘している間に、別のD.R.E.S.S.戦力がシェルカプセルによって保護されているウィルマ・マリーを連れて逃走。
この流れを構築出来さえすれば、民間人である信者を傷付けずに殺害と救出が出来るはずなのだ。
「ではD.R.E.S.S.部隊を予定時刻に向かわせましょう」
「まさか、またアネットに付き合わせるつもりじゃねえだろうな?」
「いいえ、今回はエルマ・コリンズが率いるシャドウというD.R.E.S.S.部隊を。ダガーハートに次ぐ精鋭部隊ですのでご心配なく」
「ちょっと待て、ならソイツらに撃墜させりゃいいんじゃねえのか? 救出対象受け渡しの手間だって省けるじゃねえか」
そもそも部隊規模の戦力を派遣するのであれば、レイなどこの作戦には必要ない。
確かにレイはバックアップなしで行動が出来る潜入者だが、D.R.E.S.S.戦を考えればこそ、D.R.E.S.S.部隊が主戦力になるべきなのだとレイは考えた。
しかしジョナサンはそれは違うと首を横に振る。
「D.R.E.S.S.部隊をアンデッド撃破のために派遣したとしても、ジミー・ハーバーに殺す訳にはいかない信者を人質に逃亡されてしまうのがオチです――それに、分かりやすい形での実力のアピールが必要なのは、レイ君が1番分かっているはずですよ」
「……仕組みやがったな」
「可愛い息子――のような君を思えばこそです」
いつかの意趣返しのようなジョナサンの言葉にレイは舌打ちをする。
奪還は成功したものの、護衛対象を拉致されたイスラエルでの任務。
保護対象を死なせてしまったカナダでの任務。
任務終了の言葉を額面通りに受け取り、護衛対象を拉致されたダウンタウンでの任務。
それらを重ねてきたレイには挽回の機会が必要であり、ジョナサンの言っている事は紛れもない正論なのだ。
「そうかよ、俺は用意があるからもう帰らせてもらうぞ」
ジョナサンの口から出されたダガーハートという単語に思わず拳を握ってしまったレイは、それを誤魔化すように立ち上がる。
ダガーハート小隊が全滅したのはジョナサンだけの責任ではな事は、レイが1番良く知っているのだから。
しかしジョナサンはそんなレイの心境を知らずに、レイを手で制して引きとめる。
「その前に、アクセサリー類を全て預からせてもらいます」
「はあ?」
レイが意味が分からないとばかりに眉間に皺を寄せていると、ジョナサンは立ち上がってデスクから小さな箱を取ってレイに差し出した。
「銀の十字架、吸血鬼と相性が悪いのは明らかじゃないですか」
「それは俗説だろ。もしそれが真実だとしても何でアンタに預けるんだよ?」
「セキュリティに欠陥のある家とこの部屋にある金庫、安全なのはどちらだと思いますか?」
どの口がそんな事を言うのか、とレイはソファにもう1度蹴りを入れながら舌打ちをする。
20足はあるブーツ類は綺麗に並べられ、脱ぎ捨てていた服は綺麗に洗濯され、片付けようともしていなかったピザの箱などのゴミは消えていた。
それは紛れもなく、ジョナサンがアネットをレイの部屋に侵入させているという事なのだから。
部屋は確かに綺麗になっていたが、自分に対するハニートラップがプライベートに土足で踏み込んでくる。
それが親切心だとしても、レイにとってその行為はあまりにも気持ちが悪かったのだ。
「……誰にも触らせるんじゃねえぞ」
「分かってますよ。金庫を開けられるのは私だけですので安心してください」
そのアンタが1番信用ならねえんだよ。
その言葉をなんとか飲み込んで、レイはアクセサリーを外し始める。
つい最近買い揃えた真新しい十字架達と、1つ異彩を放つ重厚な作りのブレスレット。
くすみ始めたそのブレスレットはただ鈍い光を放って輝いていた。




