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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Burn To [Lovely] Ashes
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With The [Inferiority] Complex 2

 12月という暦からか、普段と比べて人がまばらなサンタモニカ・ベイでレイは紙の包装を乱暴に剥がしたハンバーガーに齧りついていた。


 海で泳ぐには気温が低いが、そこで少し遅い昼食を取る程度なら何の問題もない。レザージャケットを着込んでいる2人にとっては尚更だった。


「意外だな」

「何がよ?」


 突然のレイの言葉に短く問い返しながら、アネットはミルクと砂糖を多量に溶かし込んだミルクティーに口をつける。ダージリンの香りは添加されたそれらの影に消えていた。


 その光景に顔を引きつらせながら、レイは無糖のブレンドコーヒーに口をつける。

 その苦味が想像を絶するだろう、アネットのミルクティの甘さを忘れさせてくれるようだった。


「別に。テーマパークとか、昼からやってるクラブとか、そう言う場所に連れてかれるかと思ってたんだよ」

「レイそういう所苦手じゃない。それにアタシも付き合いで行ってるだけで、こう見えてこういう場所の方が好きなのよ」


 確かにそれは意外だ、とレイは肩を竦める。

 基本的に人嫌いな自分と違い、アネットはいわゆる"パーティピープル"だとレイは思っていたのだ。


 遠くに人の声、近くに波の音を聞きながらレイはふと考え込んでしまう。

 普段なら過剰なほどに行われるボディタッチも、あからさまに行為をぶつけてくる言葉もないのだ。


 もしや、とレイはさりげなく辺りに視線を走らせる。

 辺りに人影はなく、砂浜が広がるばかり。

 その光景にレイは1つの仮定に辿り着く。


 アネット・I・スミスは監視されている。


 決して絆される事がないように、決して裏切る事がないように。

 誰がアネットを付け回しているのかは分からないが、その背後に居る人間がジョナサンである事は間違いないだろう。


 そしてアネットは外から中を窺う事が出来ないあの店を利用して監視を撒き、追いつかれたとしても見晴らしの良さから、自分達に近付く事が出来ないビーチを選んだのだ。


 しかしレイは知った事か、とばかりに肩を竦める。


 レイにとってアネットは利用する対象でしかない。


 アネットは敵ではないが、自分に味方が居ないレイは踏み込む訳にはいかないのだから。


 アネットがそうであるように、自分が絆されてしまう訳にはいかないのだから。


「レイがどう思ってたかは分からないけど、レイが出て行ってから寂しかったのよ?」


 海を見つめていたアネットが突然ポツリと囁く。

 縋るでもなく、咎めるでもないその言葉をレイは、戸惑いながらもいつも通りの仏頂面に全てを粉飾する。


 状況が変わってしまったとはいえ、あくまでアネットは金の為に自分と一緒に居るのだとレイは知っているのだ。


「知らねえよ。それに男はいずれ家を出るもんだろ」

「だとしても急過ぎ。クリスマスイヴに出て行くって言って、クリスマスに出て行くなんて本当にビックリしたわ」


 そう言って苦笑するアネットを余所に、レイはハンバーガーを一気に頬張る。

 2人きりでこんな会話をしなければならないくらいなら、街中に戻って監視されながら過ごしている方がまだマシだったのだ。

 しかしアネットはレイのそんな様子を無視して、紙ナプキンでレイの口の端を拭い始める。


「うぜえな、そういうのやめろよ」

「そう言うなら口の周りくらい綺麗にしなさい。もう子供じゃないんでしょ?」


 レイは舌打ちをして、アネットはどこか楽しそうに言いながらナプキンを畳む。

 それは今回が初めてという訳ではなく、レイはアネットが焼いてくるお節介に嫌気が差していたのだ。


「まったく、まるで姉にでもなったみたい」

「俺はアンタの弟じゃねえよ」

「そりゃそうよ、アタシの弟はもっと素直"だった"もの」


 どこか懐かしむようなアネットの声色にレイは僅かに眉を顰める。

 初めて打ち明けられ、過去形にされてしまったその存在。

 共感に似たつまらない干渉だと理解していても、レイはつい問い掛けてしまった。


「……家族は、全員死んだのか?」

「ええ、6歳の頃にテロで」


 約10年前。軍部がD.R.E.S.S.の配備を始め、警察機構が軍部に吸収され、D.R.E.S.S.という最新にして最強の兵器に対する反抗を武装テロ組織が強め始めた頃。


 当時のレイは学校とピザ屋以外の外界を遮断していたが、それでも多くの武装テロ組織がやけを起こしていた事は記憶に残っている。


「アタシだけが生き残って、生き残ってしまったから拉致されて。ずっと必死だったわ。殺されないように"されるがまま"、機嫌を損ねる事がないように"尽くす"しかなかった」


 純潔を穢され、生殺与奪を握られる。


 男であるからこそ想像の出来ない恐怖を誤魔化すように、レイは無糖のコーヒーを一気に煽る。

 しかしかつて救えなかったモード・スペンサーがあれだけ怯えていたのだから、アネットの過去が苦痛に満ちた物だったという事くらいはレイでも理解が出来た。


「いつか国防軍が助けてくれるって信じてたけど、国防軍は石油と武装テロ組織に夢中でアタシを助けてくれなかった。だから隙を突いて逃げ出して、移民街で汚れ仕事(ウェットワーク)をして命を繋いで。そんな時よ。父さんに引き取られて、レイに出会ったのは」


 なるほど、とレイは胸中で感じていた疑問が氷解していくのを感じる。


 アネットは歳の割に"経験"が豊富過ぎた。


 7,8歳の頃からレイに肉体的な接触を試み、レイの体が大人のものに代わり始めた頃にはアネットは性的な接触を開始していたのだ。

 透き通るような海の青から、深海のようなレイの藍色に視線を移し、アネットはレイへと微笑みかける。


「父さんとレイには感謝してるわ。父さんは地獄からアタシを引きずり出してくれた。レイは嫌がりながらも、こうやってアタシと一緒に居てくれてる。それだけで幸せよ」

「買い被り過ぎだ。奢りじゃなきゃこんな安っぽいハンバーガーでアンタに付き合う事なかった」


 バカ言うなとうそぶきながら、レイは右手に持っていたハンバーガーの包装紙を握り潰す。

 自分が頑なに同行を拒否しても、アネットのカードは説得だけではないと知っているのだから。


 策略と篭絡。


 自らの策略ではアネットの篭絡に対してあまりにも脆弱すぎると理解していても、レイはもう立ち止まる事は出来ない。


 アネットはおもむろにレイの肩に赤毛の頭を預ける。

 短めに切りそろえられた赤毛は日光に煌めき、覚えのあるシャンプーの匂いを混じらせた潮風がレイの鼻腔をくすぐる。


「そんな事はないわ。たった数ドルで一緒に居たくもない相手と居てあげるなんて、レイが優しい証拠じゃない」

「……アンタ、俺の事何だと思ってやがるんだ?」

「いずれ結ばれる素敵な男の子、かしら」


 その返事を篭絡をやめる気はない、相容れる事などありえないという意思表示だと理解したレイは、シニカルな笑みを浮かべてアネットに告げた。


「悪いな、赤毛は好みじゃねえんだ」


 その薄っぺらい言葉だけが、レイをその場所にしがみつかせてくれた。

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