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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Burn To [Lovely] Ashes
213/460

With The [Inferiority] Complex 1

 床に横たわるエボニーで彫り出された巨大な十字架。

 随所の金属部に彫られた十字架。

 ソファの随所に縫い付けられた革の十字架。

 天井に彫り出された十字架。

 そして幾つもつるされる銀の十字架。


 吸血鬼であれば失神しかねない数の十字架に囲まれながら、レイ・ブルームスは念願だった商品を手に目を輝かせていた。

 細かく流麗な彫刻が施された大きな銀の十字架。

 革紐に通されたそれはフィリグリークロスというネックレスで、レイが生まれて初めて心から欲しいと思ったアクセサリーだった。


「随分早く来ましたね」

「売れちまうのが怖かったんだ。それに買えるだけの金が入ったんでね」

「その割には、今までも随分買い込んでらっしゃっていたじゃないすか」

「……全部気に入っちまったんだ、しょうがねえだろ」


 どこか面白そうに告げてくる店員に、レイは十字架から目を離す事無く答える。


 始めはアイリーンから譲り受けたブレスレットと、あの夜の会話だった。


 あの日からクロムハーツという言葉が頭から離れなかったレイは、クロムハーツロサンゼルスに訪れて気に入ったアクセサリーや財布などを買い集め始めた。

 アイリーンの面影を求めていたという感傷は否定出来ないが、レイは初めて夢中になれるものを見つけたのだ。


「そんな事より、この指輪なんてどうかしら? FOREVER(永遠に)なんて素敵じゃない」


 レイは突然隣から聞こえた聞き覚えのある女の声に、懐の銃に手を伸ばしそうになりながらそちらへと顔を向ける。

 隣に居たのは、当然のように指輪を選んでいるアネット・I・スミスだった。


「……アンタ、いつの間に来やがった?」

「外からレイが見えたからつい、いけなかったかしら?」


 レイは支払済みのアクセサリーを預けながら、当然のように紡がれたアネットの嘘に深いため息をつく。


 この店は草に覆われた塀で囲まれており、外から中が見えるはずなどないのだから。


 尾行されていた事実と、それに気付けなかった自分の迂闊さに、レイが頭を抱えそうになっていると、店員がブランドネームが入った袋をレイに差し出してきた。


「ブルームスさん。こちらに商品とサービスのミネラルウォーター、それと磨くためのクロスを入れておきましたので」

「ありがとう。しばらく来れねえけどまたよろしくな」


 右手に商品を受け取り、左手でアネットの手を強く握りながらレイは店から素早く退去する。


 アイリーンと自分を繋ぐクロムハーツに、アネットという新たな存在は不要なのだ。


 店を出て、道路を渡り、サン・ヴィチェンテのターミナルが見えた頃。レイはアネットの手を離して、相対するようにアネットに向き合う。

 レイに合わせたのか黒で統一したライダースジャケット、インナー、デニム、ブーツを身に纏うアネットは、この期に及んでも平然と笑みを浮かべていた。


「何の用だ、アンタも俺もオフのはずだぜ?」

「何の用って、あんまりじゃない。この間の任務手伝ったのに感謝の言葉もないなんて」


 アネットはレイの問い掛けに不満そうに頬を膨らませ、レイは予想外の言葉に眉間に皺を寄せる。


 ケイシー・ライモンの救出任務の際、レイはH.E.A.T.から提供されたアネットという情報工兵と共に任務にあたった。

 しかしそれはレイと取引をしたH.E.A.T.の判断であり、後々H.E.A.T.に対して対価を払うレイがアネットに支払う対価などある訳がないのだ。


「アレはH.E.A.T.と俺がした取引の結果だ、アンタにはH.E.A.T.からギャラが行ったはずだろ」

「ええ、H.E.A.T.からはね。でもレイは何もしてくれなかったじゃない」


 レイはありのままの事実を伝えるも、アネットはそんな事は関係ないと咎めるような視線を返す。

 あの救出任務はレイにとって"護衛対象のせいで降りかかった面倒ごと"だったが、アネットにとっては"父とレイのためのお手伝い"程度のものだったのだ。


 お互いの認識の違いを理解させられてしまったレイは、同時に説得は不可能だと理解して深いため息をついた。


「……面倒くせえ」

「そう言わないの。アタシはお金とかそういうのを要求する気はないんだから」

「じゃあ俺はどうすりゃいい?」


 てっきり先ほどのペアリングを買わされると思い込んでいたレイは、肩を竦めながら好きにしてくれとばかりに問い掛ける。

 元々口が達者な訳ではないレイが、アネットに舌戦で勝てるわけがないのだから。


「今日1日、と言っても夜までだけど、アタシに付き合ってちょうだい」

「夜は別のお相手と、ってか?」


 アネットは知られている事をすら気付いていないであろうが、自分は知っている事実。

 それを内包させた自分の皮肉にレイは口角を歪める。

 義理の父と寝ているアネットが、自らの身を守るために周りの男達と寝ていないはずがないのだから。


 しかしアネットはそんな言葉の意味に気付かなかったのか、肩を竦めて首を横に振る。


「父さんが夜にはレイと一緒に帰って来いって。父さんぼやいてたわよ、プライベートの番号で電話掛けるといつも出てくれないって」


 身に覚えがあるその事実にレイは思わず顔を顰めてしまう。

 スミス家を出てからというもの、レイはスミス家に足を運ぶ事はなくなった上に、ジョナサンとアネットの連絡を意図的に無視するようになっていた。


 もっともレイがスミス家を出たのは2人が原因なのだが。


「プライベートくらい好きにしたって罰は当たらねえだろ」

「アタシ達と居るのがそんなに嫌なの?」


 瞳を覗きこむようにして問い掛けてくるアネットの言葉に、レイの脳裏に"あの夜"の光景がフラッシュバックする。

 ソファに座るジョナサン、その股座またぐらに顔を埋めるアネット、室内に響き渡る水音。


 かつて吐き気を催したその光景を脳裏から掻き消すように、レイは深いため息をと共に吐き捨てた。


「正直ジョナサンと居るのは苦痛だ。バーに連れてく割りに飲ませねえなんて、意味分からねえだろ」

「お酒なんて、そんなにいいもんじゃないわよ」

「そうやってアンタに上から言われるのも苦痛だ。スミスって奴にはうざってえ奴しか居ねえのかよ」


 どこかふて腐れたようなレイの様子に苦笑したアネットは、今度は自らレイの手を握ってターミナルへとレイを導いていく。


 シンシアに手を引かれていたあの時とは違う、胸中に広がる不快感に顔を顰めながら、レイはなすがままにされていた。

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