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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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[Revolutionary] Witch Hunt 6

 騒がしいという程ではない電気が駆動させているエンジン音に、エリザベータ・アレクサンドロフは目を覚ました。

 薄く開けられた視界に写るのは、アレクサンドロフ家で所有している物とはいくつもグレードが落ちる乗用車の車内、窓から差し込む日の光、そして左前部の運転席でハンドルを握る黒髪の男の後姿だった。

 重い頭を左手で支えるようにエリザベータが体を起こすと、掛けられていたのだろう薄汚れた黒いフライトジャケットの袖が床へと落ちる。


「おはようございます、アレクサンドロフ議員。お怪我はありませんか?」


 運転席から掛けられた、慇懃無礼なほどに丁寧で無感情な言葉。

 それを聞きながらエリザベータはシートに背中を預け、窓の外へと視線をやる。

 雪こそまだ降っていないものの、窓の向こうの世界は紛れもなく冬のロシアだった。

 どのくらいの時間が経ったのか腕時計を見ようとスーツの袖をまくるも、時計を含む貴金属と携帯電話は誘拐された際に没収されていた事をエリザベータは思い出す。

 少なくとも現状ロシア国内から連れ出された訳ではない以上、そこまで時間は経っていないだろうと結論付けたエリザベータは掛けられた言葉に応える事にした。


「……あなたのおかげで擦り傷1つございませんわ、感謝をミスター……」

「ブルームス、レイ・ブルームスです、アレクサンドロフ議員」


 自身の名前を覚えていなかったエリザベータにレイは自身の姓をを告げ、緊急事態だったとはいえ覚えていなかった恩人の名前にエリザベータはどこか複雑な表情を浮かべる。

 体が冷えないようにと掛けられたフライトジャケットからは、レザーの匂いとささやかな硝煙の香りが。

 ロープで縛られていたせいで皺がついたスーツは、あの夜の出来事が事実なのだとエリザベータへと強く訴えているのだから。


「感謝を、ミスター・ブルームス」

「構いませんよ。街に着くまでまだ時間が掛かりますので、どうぞお休みになっていてください」


 かろうじてアスファルトがあるだけの道を車に進ませながらレイはそうは言うも、エリザベータの脳裏には昨夜の事が段々とフラッシュバックし始める。

 自身の身が穢されそうになった恐怖、額に風穴を空けられた死体、シェルカプセルの向こう側で始まった銃撃戦、そして霞み行く意識の中で確かに聞いたレイ・ブルームスと名乗る男の乱暴な言葉。


「……お気遣いはありがたいのですが、気が張って眠れそうにありませんわ」

「では、ラジオでもつけましょうか?」


 そのレイの申し出に、エリザベータは首を横に振る。

 自身の命を預ける以上、エリザベータには理解しなければならない事がいくつもある。

 その考えからエリザベータは表面上は平静を装いながら、レイへと恐る恐る問い掛ける。


「出来れば、お話に付き合っていただいてもよろしくて?」

「構いませんよ。もっとも、私が面白い話は出来るかは保障しかねますが」


 そう答えるレイの取り繕った笑みをバックミラー越しに見ながら、エリザベータは咳払いをして口を開いた。


「まず、改めてお礼をミスター・ブルームス。わたくしが今こうしていられるのは、全てあなたのおかげですわ」

「おやめ下さい、アレクサンドロフ議員。私は傭兵として、任務を全うしたに過ぎません」


 いくら踏み込んでこようと無駄だ、そういった意思を含ませたレイの言葉。

 しかしそれでも18歳という若さで政界へ進出したエリザベータには、その程度牽制にもなりはしない。


「その依頼人の方にも、お礼を言わなければなりませんわ。そのお方の名前のお聞きしてもよろしくて?」

「申し訳ありませんが、私は存じ上げません。上からの命令を忠実にこなしただけですので」


 それしか教えられていないと言わんばかりの、愚直なほどに稚拙な受け答え。

 そんな事しか教えられていない人間が、チームではなく個人で動かされる筈がない。


 ――この方が敵か分からない以上、強攻策は上策とは言えませんわね


 曲がりなりにも1つの政党の看板を背負っているエリザベータはそれを看破するも、これ以上は逆効果だと一旦引く事にした。


「そうでしたの、ではどうぞよろしくお伝え下さいまし」

「了解しました。質問がなければこれからの事について、説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


 その提案に異論などある筈もないエリザベータは、頷く事でそれを促す。

 現状がどうあれ、エリザベータにはとにかく情報が不足しているのだから。


「私に課せられた任務は、アレクサンドロフ議員を救出後、モスクワまで無事送り届けるというものです。ご希望とあればお宅までお送りいたしますので、その時にでも申し付けて下さい。この先の事を具体的に説明させていただきますと、我々はこれからヴォロネジへ向かい、このレンタカーを破棄。その後、新しいレンタカーの入手と食料や衣服等の入手をします」

「衣服、ですの?」

「ええ。流石に皺だらけのスーツは目立ちますし、あなたのような有名人が街を歩いていれば、すぐに見つかってしまいますので。変装という訳ではありませんが、ある程度身元がバレないようにする工夫は必要です。とりあえず今はそのフライトジャケットを羽織るようにしてください」


 汚れた物で申し訳ありませんが、とレイは訝しげな返事を返すエリザベータにそう言う。

 ロシアの気候で防寒具がないのは辛いが、エリザベータのスーツは荒事に巻き込まれたのだと一目で分かるほどに荒れている。

 そして拘束され続けていた身柄の負担は少なくないと理解出来る以上、レイはそれを譲らざるを得なかった。


「そしてヴォロネジで新しいレンタカーを入手した後に、リペツク、トゥーラを陸路で進んでモスクワを目指します」

「サラトフ空港から、空路でモスクワに向かうわけにはいきませんの?」

「敵対勢力の妨害が予測されるため公共の交通手段は避けろ、というのが私に下されたオーダーです。ご面倒をおかけしますが、どうぞご了承下さい」


 サラトフ中央空港からモスクワ行きの便は多く出ている筈だ、とエリザベータはレイへ問い掛けるも納得せざるを得ない答えを返される。

 テロリスト達はエリザベータを誘拐する際に、D.R.E.S.S.を平気でモスクワの街中で平気で展開して戦闘を始めていた。

 そして数で負けていたとはいえ、D.R.E.S.S.という相手と同じ兵器によって守られていた上で自身が誘拐されてしまった以上、そんな兵器など持ち合わせていない一般人を巻き込む訳にはいかないのだから。


「そういう理由であれば異論はありませんわ。それで他に何かありますの?」

「内通者が居るとは思えませんが、アレクサンドロフ議員の所在の漏洩を避けるために誰とも連絡を取らないでいただきたいのですが」


 裏にある何かを匂わせながら、それでも確信は突かせないまま要求を呑ませる。

 エイリアスのせいで身につけてしまった付け焼刃の会話の進め方に、レイは思わず苦笑を浮かべてしまいそうになる。


 頼みもしなかったいくつかの武装は、対象の救出に必要不可欠な物となっていた。

 防寒の為と思われたフライトジャケットは、与えられた武装を擁してみせた。

 一刻を争うと言いながらもなかなか本題に入ろうとしなかった会話は、なし崩し的に物事を進めるには最適なタイミングをレイに与えた。


 自分の気まぐれ1つ1つすらも、決められている事なのではないか。


 そう思えてしまうほどにエイリアスの行動1つ1つが何らかの結果をもたらしており、その事実がレイのエイリアスへの疑心に拍車を掛けていた。


 そしてレイが突きつけた大きな岐路は、エリザベータに自身と同じ猜疑心を抱かせるだろう。

 もしエリザベータが関係者に連絡してしまい、エリザベータの所在が内通者に知られてしまえば新たに用意された戦力が2人に向けられる。

 もしレイ自身がエリザベータの敵対者であれば、今度こそエリザベータは交渉のカードとされてしまうだろう。


 ――最悪、俺が誘拐犯って事になるのか


 もしエリザベータが従わなければ、と強硬手段を考えながらレイは、自身よりも色の明るいエリザベータの同色の双眸をバックミラー越しに見つめる。

 しかしそれでもエリザベータは、表面上には出していないものの値踏みするようなレイの視線を、鏡越しに受けながら平然と答える。


「ええ、構いませんわ。ただ1つ、こちらもお願い、と言うよりは提案がございますの」

「何でしょう? ご期待に添えられると良いのですが」


 即答とはいかないもののろくに迷いもしなかったエリザベータに、レイは訝しげに眉をひそめる。

 信用される要素こそないが、疑われる要素は巨万(ごまん)とある。

 エリザベータ・アレクサンドロフという才女が、それを理解していないとはレイには思えなかった。


「出来ない事を言うつもりもありませんし、これはおそらく必要なことだと思いますの。応えていただきますわ」


 暗に拒否は許さないという意思を込めた、取引とも言えるエリザベータの提案。


 ――少ない優位性の確保、裏切りのボーダーラインの明確化か


 自身の身柄という交渉のカードとなりえる存在、それと引き換えにレイの行動を掌握して限りなくイーヴンな立場を得る。そしてレイはエリザベータの護衛という任務を全うし、エリザベータはそのレイの任務に協力してモスクワへ生還する。

 そうあたりをつけたレイは頷く事でエリザベータにその先を促す。


「まず呼び方を改めていただきたいんですの。いくら容姿でカモフラージュしたとしても、アレクサンドロフ議員という呼び方は悪目立ちしてしまいますわ」


 政治家の父を持ち、自身も優秀な政治家であり、そしてD.R.E.S.S.によるテロ対策という世界が注目するマニフェストを掲げているエリザベータの知名度は高く、アレクサンドロフという名前は望まずとも人を集めてしまうだろう。

 自身も感じていた事の解消でもあるその提案に、レイは視線をバックミラーからフロントガラスの向こう側へと視線を移しながら頷く。


「そしてそれに伴い、わたくし達の関係性の偽装をいたしましょう。青い目の東洋人とわたくし、嫌でも目立つ2人が居ればアクシデントは必ず起きますわ。その際に使えるカバーストーリーが必要だと思いますの」

「カバーストーリーですか?」

「ええ。細かい事を決めておけば、名を明かさずにいられますもの――わたくしの事はリザ、とお呼びくだしまし。わたくしはミスター・ブルームスをレイさんと呼ばせていただきますわ。そしてわたくし達は今から旅行中のカップル、言葉遣いも"普段のまま"にしていただいて結構ですわ」


 ――面倒くせえ奴しかいねえのか、クソッタレ


 その言葉にレイはこれから起こるであろう面倒ごとを察知し、レイは思わず胸中で毒づいてしまう。

 エイリアスのように自身を見透かすような発言をする護衛対象である商売敵(エリザベータ)、短期間で戦闘を繰り返しているラスール、そのラスールを背後から操り、そして民間軍事企業をつけた策略者。

 それら全てに気を配り、特には敵対するこれからの旅にレイは舌打ちを堪えるも、その根源であるエリザベータは柔和な笑みを浮かべてバックミラー越しのレイに囁いた。


「よろしくお願いいたしますわ、わたくしの"恋人(ナイトさま)"」


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