Reason Of [Masquerade] Trust 3
「さて、仕事の話はここまでだ。テレーゼとシンシアがクッキーを焼いているらしい、ティータイムと洒落込もうじゃないか」
「いえ、私は――」
「護衛対象の傍に居るのも任務の内だよ」
レノックスは任務を盾にレイの言葉を遮りながら、その背中を押して最愛の家族が居るリビングへと向かう。
レイの報告を持ってレノックスは仕事を終えており、愛する家族との時間を邪魔をするものは何もないのだから。
ジンデル邸は1階を執務スペースに、2階をジンデル家のプライベートスペースと分けている。
その2つを繋ぐ木造の階段を下りながらレイは静かに嘆息する。
絵に描いたように幸せな家族。
レイはその得体の知れない関係に、自分が巻き込まれて居るような気がしてならないのだ。
しかしそんなレイの困惑とは余所に、レノックスは辿り着いたリビングの扉を躊躇なく開いた。
「奥様、青少年1人をお届けに上がりましたよ」
「あら、ちょうど良かった。今お皿に並べ終わったところなのよ」
クッキーが乗せられた銀のトレーをローテーブルに置きながら、金髪の女は柔らかな微笑でレノックスに答える。
その女の名前はテレーゼ・ジンデル。レノックスの妻にして、シンシアの母だ。
テレーゼと談笑するレノックスから室内へと視線を移しながら、レイは部屋の端へと歩み寄って直立不動の姿勢を取る。
窓は1つ。出口はレイ達が入って来た扉と、キッチンへと続く扉のみ。
D.R.E.S.S.の即応性を持ってすれば、どこから襲撃をされたとしても確実に全員を守れる。
レイがそんな事を考えていると、レノックスと談笑していたテレーゼが訝しげに顔を顰める。
「あら、どうしたのそんな所に立って」
「どうしたもこうしたも、これが私の仕事です」
テレーゼの言葉に今度はレイが顔を顰めてしまう。
レイがこの場所に居るのは、ジンデル夫妻はシンシアの護衛を依頼したから。
しかしテレーゼの言葉はそれを分かっているとは思えない言葉だったのだ。
「硬いよレイ、ここは基地でも民間軍事企業でもないんだ。もう少しリラックスしなよ」
「ですが、私は任務でここに居るはずです」
「だとしてもだよ――今日はシンシアがクッキーを焼いたんだ。あの子の事を思ってくれるなら頼むよ」
途中から耳元で囁かれたレノックスの言葉に、レイはふと視線を感じた方へとさりげなく目を向ける。
そこにはテレーゼの陰に隠れるようにして、レイの様子を窺っているシンシアがいた。
あまりにもか弱い観察者にレイは気付かれないように深いため息をつきながら、レノックスに追いやられるままにソファに座らされる。
心に傷を負っているシンシアを突き放す事など、いくらレイでも出来るはずがないのだから。
やがてレイの前には無糖のストレートティーと、数枚のクッキーが置かれた。
湯気と共のに上るダージリンの香りと香ばしいクッキーの匂いに軽く肩を竦め、レイはシンシアが作ったのであろうクッキーに手を伸ばす。
形の崩れた星型にそれに視線を向けるレイに、熱い視線を向ける守るべきご令嬢。
そのおかしな状況に思わず苦笑を浮かべながら、レイはクッキーを頬張る。
口内に広がるバターの風味と、サクサクとした軽やかな感触。
租借した保護対象の努力の結晶を嚥下したレイは、誰に向けるでもなく微笑を浮かべた。
「美味しいですよ、本当に」
その感想にシンシアは花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、ジンデル夫妻はその答えに満足したように微笑を浮かべていた。