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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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[Revolutionary] Witch Hunt 5

「逃げるなよ、逃がしゃしねえけどさ」


 生き残りの男は掛けられた声の方へライフルを向けようとするも、暗がりの中から飛び出したレイのコンバットブーツのスティールトゥが男のむき出しの左手の骨を砕く。

 あまりの激痛に声も出せないまま、銃を手放して左手を庇うように倒れこんだ男の横顔を踏みつけながら、レイは男のボディアーマーに刺さったナイフを引き抜く。


「ボディアーマーは上等な品、先走ったのはアンタではなく味方。そのおかげで幸いにもアンタは生きてる。死にたくなけりゃ質問に答えろ」


 そう告げるもテロリストの男は荒い呼吸を繰り返すばかりで、レイの言葉に応えようともしない。

 その様子に苛立ったレイは、男の横顔を踏みつけている右足に段々と体重を掛けていく。

 ヘルメットをしていない頭が、コンクリートの床に押し付けられていく苦痛。


 捕虜になれば、致命傷を負えば、組織に見捨てられれば。


 あらゆる状況において簡単に命を切り捨てる戦場に、傭兵以上に密接しているテロリストだからこそ知らず、それを知る時には死の訪れを待つだけとなっていると理解出来るほどの苦痛。


「わ、わかった! 言う、言うから!」


 じわじわと確実に与えられた苦痛に耐え切れなくなったテロリストの男は、レイの足を叩きながらようやく口を開いた。


「最初からそう言えばいいんだよ、クソヤロウ――お前らの所属は?」


 レイはそう言いながらも右足の力を少しだけ抜くが、決して足をどけようとはしない。

 レイの勝利はエリザベータを無事にモスクワまで送り届けた時に確定する物であり、これ以上失態を重ねられないレイは決して気を抜きはしない。


「お、俺達はラスールと民間軍事企業の連合軍みたいなもんだ」

「その民間軍事企業の名前は?」

「……き、聞かされてねえ」


 気まずげに呟かれたその言葉に、レイは先ほどとは比べ物にならない力を右足に込める。

 時間がないレイにはもはや、強硬手段を迷っている余裕すらない。


「本当なんだよ! 俺はラスール側の人間で、下っ端だから情報もD.R.E.S.S.も与えられてない! 俺に分かるのは民間軍事企業の連中が、バラバラのエンブレムを塗装してた事くらいなんだよ、信じてくれよ!」


 ――バラバラのエンブレム、か


 D.R.E.S.S.が軍用に配備されることが決まった頃、陸海空全てのエリートが集められた部隊によって実験部隊が多く組まれることとなった。

 そしてその時に空軍出身の男が、自身に与えられたテスト機にノーズアートが描いた事から、エンブレムを愛器にエンブレムを描くのが軍、民間軍事企業、テロ組織問わずD.R.E.S.S.を纏う者達の風習となっていた。


 アネット・I・スミスのクラック改修機、サイネリアには機体と同系色の薄いピンクで描かれたサイネリアの花。

 ヴィクター・チェレンコフのルード改修機、ゴリニチには機体と同じくトリコロールカラーで描かれたドラゴン。

 そしてレイのルード改修機、ネイムレスにはマシンアイと同色のシアングリーンで描かれたバーコード。


 それを知っているレイだからこそエンブレムの内容ではなく、エンブレムの有無に注視する。

 エンブレムを愛器に描くというのは半ば常識と化した風習ではあるものの、中東の宗教的な考えを重んじているラスールだけは、偶像の崇拝となりかねない為エンブレムを描く事はない。

 そしてその事実からアレクサンドロフ議員誘拐に民間軍事企業の介入と、ラスールととある民間軍事企業の密接な関係をレイは理解させられる。

 テロ組織にも民間軍事企業にも、同様に資産を持つパトロンがついているのは常識であり、それが共通しているのではないかとレイは疑うが嘆息する事でその思考を後回しする。

 レイがこの男に聞かなければならない事は、まだ残っているのだから。


「……じゃあ次だ。外に展開しているD.R.E.S.S.の詳細を教えろ」

「ル、ルードが3機、クラックが2機、違法改修(イリーガル)ナーヴスが10機だ。その内の半数が議員を拉致する際に、どこかしらの機関に破損を被った。かろうじて形を保ってる奴だけも居る」


 上ずる声で告げられた言葉に、右足の力を再度抜くレイの脳裏にアテネで考えていた事柄がよぎる。

 フィオナ・フリーデン拉致への戦力の出し惜しみ、他の戦場で大きな動きがあったのではないかという考え。

 結果として世界を変えようとしているエリザベータ・アレクサンドロフの警護が厳重でない訳がなく、レイが踏みつけているその男がラスールの人間である以上それは疑いようのない事実なのだろう。


 ――面倒くせえ事になってきやがった


 形だけとはいえレイの現在の所属はエイリアス・クルセイドという架空の民間軍事企業。そしてそれに対するはテロ組織ラスールと、金で次第でどの陣営にもつく民間軍事企業。

 下手をしてしまえばどちらがテロリストになるか分からない、そのパワーゲームにレイは思わず舌打ちをする。


 ――何が俺の敵じゃねえだよ、俺が相手にもなってねえじゃねえか


 決して策謀に強い訳ではないレイは苛立ちを誤魔化すように嘆息し、顔を未だに踏みつけられている男は比較的無事な右手でレイのデニムを引きながら口を開いた。


「あとは知らねえんだよ! なあもういいだろ!?」

「ああ、ご苦労さん」


 そう言いながらレイは右手に握っていたタクティカルナイフを、逆手に持ち直してから足を男の顔からどける。

 そしてどういう意味であっても重圧から解放されたラスールの男が安堵の吐息をついたその瞬間、レイは男の首を横から貫通させる形でタクティカルナイフを突き刺す。


「悪い、俺は嘘をつくのに抵抗がない方なんだ」


 一瞬ビクリと大きく動くもやがて血を流しながら生命を終えた男の死体に、レイは悪びれる様子もなく言う。

 そしてレイはリボルバーをホルスターに戻し、ポケットにしまいこんだ2つのフラッシュグレネードを取り出す。


「アレクサンドロフ議員、ここからは強行突破で行きます。舌を噛んだりしないように気を付けて下さい」


 おそらく時間もチャンスもこれ以上に作る事は出来ない、そう考えたレイはエリザベータへそう声を掛けるも返事がない。

 それをおかしく感じたレイが半透明なシェルカプセルの向こうを覗き込むと、エリザベータは眠ったように気絶していた。


 ――まあ、都合がいいか


 どこまで見ていたかは分からないが、自身のすぐ傍で殺害を行った人間に連れて行かれるのには抵抗があるだろうと考えたレイは窓へ歩み寄る。

 外のD.R.E.S.S.部隊は未だに消えたシアングリーンの光を探し回り、レイはこれ以上のチャンスはないと深呼吸をする。


「行動再開だ」


 そう呟くなりレイはフラッシュグレネードのピンを抜き、力の限り左右へと1つずつ投擲して、エリザベータを包んでいるシェルカプセルへと駆け寄りながら灰色のバングルの表面を叩く。

 シアングリーンの光が解き放たれ、レイの体を包み込む。それはやがて質量を伴い、生み出された灰色の装甲はネイムレスを象る。

 ネイムレスはブレードユニットを展開していない左腕でシェルカプセルを抱きかかえ、背部ブースターから吐き出される炎を背負って窓の方へと飛び出していく。

 コンクリートの壁が大質量の合金をぶつかり崩壊する瓦礫と爆音、そして夜闇に紛れるように地上に飛び降りたネイムレスは、匍匐飛行で正面のガスタンクの間を高速で抜けていく。

 D.R.E.S.S.発光現象を模したフラッシュグレネードによる霍乱も、そう何度も上手くいく筈がなくレイはシアングリーンの視界で、ネイムレスと同じ単眼と、違法改修(イリーガル)ナーヴスであろう複眼の放つ光を捉える。


『おっせえ、よ!』


 ネイムレスは進路上へと飛び出してきたルードを、匍匐飛行の勢いのまま背後に控える違法改修イリーガルナーヴスへと蹴り飛ばす。

 この施設を占拠していた敵対者達がガスタンクの存在を正しく理解をしていない筈がなく、レイは銃撃される事はないと断定して更にブーストを吹かせてその場を後にする。

 そして銃撃を封じられた以上、敵がネイムレスを止めるには近接格闘を挑むほかない。


 しかし世間で主流となっているルードの改修は基本的に装甲を厚くする方向で進められているものが多く、マシンガンによる牽制、ブレードユニットと機動力を生かした1撃離脱というレイの戦闘を視野に置き、ここまで温存して来たネイムレスを捉えるには至らない。

 飛び出して来たルードを、クラックを、違法改修(イリーガル)ナーヴスを蹴り飛ばし、ネイムレスは背後から追いすがる敵対者を引き離してただ進んでいく。

 やがて生身よりもずっと短い時間で施設の端まで辿り着いたネイムレスは飛行を続けたまま反転し、右肩部のコンテナを開いてミサイルポッドの砲口を露わにする。

 おそらく未だガスが残っているであろうガスタンクは、近くに居れば無作為に炎と爆風を撒き散らす可能性のある脅威だが、既に消耗しているテロリスト達と違い、直線における最高速度250kmを出す事が出来るネイムレスは被害を被る事があっても最悪の事態には至らない。


『大分早いクリスマスプレゼントだ、貰い物だけどな』


 あまりにも凶悪な考えを持った、レイによって射出される6発のミサイル。

 施設の敷地から既に離脱しているネイムレスとは違い、ようやく敷地の終わりに辿り着いたテロリスト達のD.R.E.S.S.達と鉢合わせたミサイルは、合金の鎧を穿つ事はなく球形の合金のタンクへと降り注ぐ。


 ミサイルを打ち落とすにも、脱出するにも遅すぎるそのタイミング。


 もはや視認する事すら難しいシアングリーンの光を彼方に、テロリスト達は爆焔と轟音の中に飲み込まれていった。

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