First Contact Of [Alias] Troublemaker 2
「やあ、レイ君。時間ギリギリですね」
「俺に言わないで、チェレンコフのクソヤロウに言ってくれ。事情は言わなくても分かるだろ?」
部屋に入るなりそう言葉を掛けて来た上等なネイビーのスーツを纏い、短くはない金髪をサイドバックに流した男。
その男にレイと呼ばれた少年は、うざったそうな表情を隠さずにそう言った。
金髪の男――ジョナサン・D・スミスは民間軍事企業Hagio.Enemy.Against.Team――通称H.E.A.T.の取締役であり、元軍属の最強の傭兵の1人であり、そしてレイの後見であった。
そしてそのジョナサンが資産家達の援助のもと設立した民間軍事企業H.E.A.T.は、D.R.E.S.S.とそれを使用する傭兵を多く抱える民間軍事企業だ。
その傭兵の1人であるレイは回された依頼もいくつも受諾してきた。
しかし今回のように報告もないというのにジョナサンの部屋まで呼び出された際の任務は面倒な物が多く、その事からレイは訝しげな視線をジョナサンに向けてしまう。
「なんですか、その訝しげな視線は。私がレイ君に何か面倒ごとを押し付けると、そう思っているんですか?」
「そうじゃなきゃわざわざここまで来させねえだろ? 用がないなら帰らせてもらうぜ」
「まあ正解です。用はありますし、今ここでレイ君の退室を許可すればチェレンコフ君がどうなってしまうか分かっている以上帰らせるわけには行きません」
「ならさっさと仕事の話をしろよ。こんなところで時間を無駄にしたくねえ」
取り付く島すらないレイの言葉にジョナサンはため息をつく。
十余年、たった十余年で世界は変わり、傭兵という職業の敷居は下がり17歳の少年が最新鋭の兵器を手に入れる機会を与え、そして最前線で戦わせた。
その結果、市街地から紛争地帯まで若く優秀な傭兵達が溢れ、そして命を散らせていった。
そして命は金で買えるものとなり、全ての民間軍事企業はその即売所と化した。
「今回の依頼の内容は、分かりません。分かっていることは、”3ヶ月ほどレイ・ブルームスを依頼人の指揮で動かしたい”という事だけでした」
「はあ?」
意を決するように口を開いたジョナサンの言葉に、決して安物ではないソファに腰を掛けたレイは眉間の皺を深める。
傭兵というのは命のやり取りをする人間であり、同時に多くの恨みを買う人間でもある。その傭兵を指定した上で内容が不明瞭な依頼をするということは、レイを恨んでいる人間の罠である可能性が高かった。
しかしあまりに不明瞭な相手の意思に、レイは戸惑いから眉間に皺を寄せる。
「依頼人は?」
「不明です。メッセージの発信地すら捕捉させてもらえませんでした」
「報酬は?」
「50万ドル。しかも依頼受諾だけで、20万ドルの前金を支払うそうです」
D.R.E.S.S.部隊すら動かせる莫大な金額に、レイは訝しげな表情を浮かべる。
確かにレイは優秀といえる実力とその実力で導いた戦歴があるものの、そこまでの金額をレイ1人にだけ掛けるという考えがレイとジョナサンを困惑へと追いやっていく。
――誰かが俺を殺そうとしているのか、俺を人質にしてH.E.A.T.にダメージを与えたい奴がいるのか
そう考えるも大多数の傭兵の中の1人でしかない自分を知り、そしてそうある以上H.E.A.T.が傭兵1人のために何かを曲げたりしない。それが民間軍事企業が軒並みを連ねているこの世界では常識である。
そこまで考えるも依頼人の思惑に見当がつかないレイは、続けてジョナサンに問い掛ける。
「それだけの報酬を払えるってことは、どっかの資産家なんじゃねえのか? 俺の、”そういう事情”とかさ」
「調べてみましたが、その事情を汲んだ上でベテランでもないレイ君をそこまで買っている人間は居ませんでした。現代戦の基本は数であり、レイ君を扱うのは難しいですからね――それと私もきな臭く感じていますが、報酬を払えると言うのであれば私にはもう口出しできません」
どこか言いづらそうに言葉を紡ぐレイに、ジョナサンは立場上してやれない事を悔やむように嘆息する。
前金の支払いさえなければ、罠と断定して無視することも出来た。
しかし払う意思があるその膨大な金額はジョナサンを強く惹きつけ、そして危険な匂いを漂わせていた。
「今ここに人が居ない事とそれは関係あるのか?」
人が居なかったロビー、普段ならチェレンコフとつるんでいる傭兵達が居ない事に、レイは適当なあたりをつけてジョナサンへと問い掛ける。
「分かりませんが、無関係ではないかもしれません。情報統制が引かれているので詳しくは言えませんが、軍が所有していた特殊なD.R.E.S.S.が奪取されたそうです」
「ってことは、連中は金持ち共のお守りか」
「言い方は気に入りませんがそうとも言います。そして言うまでもありませんが、こんな状況下でのレイ君を指名しての依頼。確実にこれは面倒ごとです」
身内としては断って欲しいが、社長としては是非受けて欲しい。
そんな意思を滲ませながら告げるジョナサンにレイは思わず嘆息してしまう。
しかし自身も金を欲しているレイは、そんなジョナサンを浅ましいと罵る事も出来なかった。
「まあいい。その任務、受けるぜ」
「いいんですか?」
「構わねえよ。罠だって分かってるなら叩き潰せばいい、そうじゃなきゃ仕事だけこなしてギャラをもらうだけ。そうだろ?」
20万ドルという騙し討ちをされようと命を懸けるには十分な金額、何より自身に手を出す事がいかに無駄な事かあらゆる存在に理解させるには最適な機会にレイは受諾を決意した。
そしてそんなレイの様子に、その決意が覆らないことを理解したジョナサンは嘆息してしまう。
「……分かりました。ですが危なくなったら構わず逃げてください。レイ君のような若い才能を失うのは組織としても痛手ですし、ヘンリーならきっとそうする筈です」
「どうせお膳立ては整ってるんだ。逃げられるわけねえし、そんな事は知らねえよ」
「それでもです。わざわざ死に急ぐ必要なんてないんですから――先方には私から依頼の受諾を報告し、前金の支払いを確認し次第レイ君の連絡先を先方に伝えます」
亡き父の名前を出されてレイは、吐き捨てるようにそう言いながらソファから立ち上がる。
ジョナサンはそんなレイをを嗜めながら依頼受諾の手続きを進める。
「了解。取り分、誤魔化すんじゃねえぞ」
「年端も行かぬ少年から上前を掠め取るほど困窮していませんよ」
「ほざけよ。とりあえず任期は3ヶ月でも、騙し討ちだった場合はすぐに復帰するから依頼でも用意しておいてくれ」
「分かりました。レイ君、どうかお気をつけて」
H.E.A.T.の代表取締役としての立場を超えぬ範囲でジョナサンはレイに気を掛け、そんなジョナサンにレイは気だるげに手を振って部屋を後にする。
――相変わらず、鬱陶しい
いつまでも自分を子ども扱いするジョナサンにそう胸中で毒づきながら、レイは社屋の出口へと歩んでいく。
ジョナサンの口振りからチェレンコフの状況は既に知られている事が理解でき、止めを刺す事が叶わない以上レイがここに留まる理由はない。