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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Burn To [Lovely] Ashes
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Beyond The [Dead] Line 4

「顧客からの酒の誘いだ。私はもう行くけど、2人はゆっくりして行くといい」

「私も同行しましょうか?」

「酒の席に未成年を連れて行くわけにはいかないよ。私は"うちの護衛部隊"を連れて行く事にして、君にはカルメを無事にホテルまで送って欲しい。私が戻るまで、娘が君の主だ」


 あくまで子供のような扱いを続けながらも、レイに傭兵としての仕事を要求する。

 レイはそんなトマスの態度に舌打ちを堪えながら、立ち上がろうとしていた体を再度椅子に預ける。


 レイの任務にカルメの護衛が含まれているのは事実なのだから。


 そしてトマスはハンガーに掛けていたジャケットを羽織り、カルメに軽く手を振って個室を後にする。

 護衛対象と残されてしまったレイは、肩を竦めて残ったパエリアにスプーンで口に運ぶ。

 母国の味が恋しかったのか、取り皿以外の料理は既にビーニャス親子に食べつくされており、取り皿によそわれた分だけがレイに残された食事となっていた。

 その上カルメは既に食事を終えており、退屈そうに携帯電話をいじりだしていた。

 レイは口の中へと掻き込んだパエリアを、グラスを満たしていた水で流し込む。

 食事を楽しむなどという上等な精神などこの場には必要ないのだ。


「お待たせしました」

「あら、もういいの?」

「ええ、お待たせしてしまうのも申し訳ないですし」


 レイは口を拭ったナプキンをテーブルへと投げ捨てながら立ち上がる。

 他ならぬ"主"に言われたのだ、もうここに留まる理由はない。


「そう。支払いはパパがしてくれてるからホテル戻りましょ」

「ではタクシーを――」

「別に良いわよ、目と鼻の先じゃない。待つほうが面倒だわ」


 椅子を引いて自分を立たせるレイを見ることもなく、カルメはレイの意見を簡単に却下する。

 確かにビーニャスらが宿泊しているホテルとこのレストランはわずか30mほどしかはなれていないが、少しでも危険を減らしたかったレイは静かに嘆息してしまう。


 幸いにもカルメは護衛され慣れているが、不幸にもカルメは危機感が薄かったのだ。


 捲くっていたシャツの袖を降ろしてバングルを隠したレイは、先に個室を出ようとしてるカルメの背を追って歩み始める。

 先にトマスが支払いをしてくれていたおかげでレジで止められる事もなく、2人はテルアビブの街並みを歩んでいく。

 その街並みは来訪以前までレイが持っていた封建的なイメージとは程遠く、近代的で煌びやかな物だった。


 それが発展と進歩なのか、経済戦争による静かなる外資の侵略なのか。


 脳裏に浮かんだ考えに、レイは思わず苦笑を浮かべてしまう。


 どうしてあの時、もっと考えられなかったのだろうか、と。


 傭兵としての在り方を示してくれたベック。

 ヒントを与えてくれたタイスト。

 考える事を促してくれたミレーヌ。

 歩み寄り続けてくれたトレヴァー。

 そして遠ざけられても退く事無く、ただ自分と向き合い続けてくれたアイリーン。


 その全員がレイの短慮さで死に、その全員に守られていたレイだけが生き残った。


 何もかもが遅すぎた自分に肩を竦め、レイはカルメよりも1歩前を歩く事でホテル玄関の自動ドアを開ける。

 最上階にあるスウィートスルームにカルメを送り、レイは傭兵部隊に与えられた部屋に戻ってようやくこの夜を終われる。

 ホテル従業員が止めていたエレベーターにカルメを乗せ、最上階のボタンを押したレイは静かに嘆息する。


 砂漠での護衛、ヘッドハンティング、危機感の薄い対象の護衛。


 それらは結局のところ新兵の1人でしかないレイの体に、確かに疲労感を蓄積させていたのだ。

 D.R.E.S.S.に使われ居る複雑系アクチュエーター技術。

 それによってエレベーターは不快感なく、それでいて高速で上昇していく。

 合金製の窓枠は煌びやかな夜景と静かなビーチを切り抜き、カルメが眼下の世界に見とれているとディスプレイの数字は最上階を表示する。

 レイは先に廊下に出て辺りを確認するが、護衛部隊を含めて人の影は一切ない。


 護衛部隊の全員がトマスについているのだろうか。


 レイはそんな事を考えながら、バングルの生体センサーを起動する。

 カルメの部屋を含め、最上階に生体反応はない。

 護衛部隊で夜間警備をしなければならない懸念を抱きながら、レイはカルメを部屋の前前まで連れて来る。

 カルメはポケットからカードキーを取り出して開錠し、レイはウロス達に警備の要請をするために階下の部屋に向かおうとする。


 しかしそれはシャツの袖を捕まれる事で阻止されてしまう。


「……何か」


 灰色のシャツの袖を掴む手の持ち主、カルメにレイは嘆息交じりに問い掛ける。

 夜間警備のために休養を取る事は叶わなくなってしまったのだから、その言葉が咎めるようなものになってしまったのも無理はないだろう。

 しかしカルメはそんなレイの様子を気にする事無く、腕を引いてレイの腰に腕を回して抱き寄せる。


「何って、女の部屋まで来ておいてそれはないんじゃない?」

「私の任務に夜の相手は含まれていません」


 蠱惑的な笑みを浮かべるカルメに、レイはポーカーフェイスをなんとか保ちながら答える。

 それでもカルメは小麦色の整った顔に余裕といわんばかりの笑みを張り付けるばかりで、レイの腕を解放しようとはしない。


 そしてレイは2度目の失敗を犯していた事に気付きもしなかった。


「なら命令するわ、パパが戻るまであたしがあなたのボスなんでしょう? ボスの言う事、聞かない訳にはいかないわよね?」


 職務を盾にした事が裏目に出た事態に、レイは思わず顔を強張らせてしまう。

 トマスがどこまで想定していたのかは知らないが、トマスは確かにそういった命令をレイに残していたのだから。


「楽しいおしゃべりは苦手みたいだけど期待してるわよ。東洋人の傭兵とするのなんて、初めてなんだから」


 自身の犯した2度目の失敗に打ちのめされているレイを、カルメは部屋へと引き込みながら分厚い唇を嫌味なほどに赤い舌で舐めていた。

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