Here My Story's [End] 2
渇いた風が吹く荒野に1人の女が居た。
その女はブルーのネルシャツの上にブラックレザーのフィールドジャケットを羽織り、黒いボトムの裾をコンバットブーツに入れていた。
随所に活動的な雰囲気を感じさせる女の首元で1つに束ねられた暗い色の茶髪は風になびき、それと同調するようにブルーのネルシャツの胸に飾られた銀の十字架が揺れる。
その女が立っているそこには、かつて大きな屋敷があった。
世界を変えた人々が住まい、最強の力を生み出した屋敷が。
しかし今では焼け跡の残骸1つ残されておらず、そこにはただの荒野が広がっていた。
風以外の音が消失したその世界に、無機質なシグナルが突然響き渡る。
その女はどこか面倒そうにため息をついて、手に持っていたボストンバッグを地面に置く。
そのボストンバッグに付けられた黒いキャップに視線をやり、女は深いため息をついて左手首に付けられた青白のバングルの表面に触れて通信を受諾した。
『やあ"レイ"、調子はどうだい?』
「それなりってところですよ、"エイリアス"」
くぐもったマシンボイスに、その女――小玲は肩を竦めながら答えた。
あの戦争から3年の時が経ち、D.R.E.S.S.を失った世界は変化を余儀なくされた。
イヴァンジェリンが生み出した技術に対して不信感を持ち始めや人々は、再び枯渇しつつある化石燃料を買い漁った。
D.R.E.S.S.の消失は核のボタンを軽くし、それによって各国の主要都市はD.R.E.S.S.によって抑制されていた暴力に焼き尽くされていた。
そして国家という枠組みは形骸化し、やがて資本だけが世界を回す仕組みが出来上がった。
その世界で小玲は契約通りイヴァンジェリンの傀儡となって、イヴァンジェリンの与える任務に従事していた。
ある時は対象となった工場などを襲撃し、ある時はフリーデン商会とアレクサンドロフ家の護衛につき、ある時はイヴァンジェリン達を探している過去の勢力の殲滅に赴いた。
それもこれも全てアナイアレイションの性能のおかげだった。
アナイアレイションにはセキュリティシステムは搭載されておらず、その上強力な対情報戦装備のおかげでウィルスの被害に晒される事はなかったのだ。
やがて小玲は第2のグリーンアイドモンスターとして、一定の秩序を乱す存在達を駆逐する粗暴な厄介者として知られるようになった。
もっとも世界のどこかに潜伏しているイヴァンジェリンの操作1つで爆破する、遠隔爆破装置という首輪が付いている以上、小玲がアナイアレイションを自由に使えるという訳ではないが。
『遅くなってしまったけど、ご苦労様。"昨晩"はどうにも忙しくてね』
昨晩という含みのある言葉に小玲は若干顔をしかめ、やがて何かに気付いたように息を呑む。
自身は遅れた連絡に勝手にへそを曲げていたが、事態は深刻なものだったのではないかと小玲は考えたのだ。
「昨晩の事に関してなんですが、1つ聞いてもいいですか?」
『答えられることであれば』
レイ・ブルームスには向けたことのない、エイリアスと名乗るイヴァンジェリンの無感情な言葉。
小玲はそのイヴァンジェリンの態度にどこか言い辛そうに顔を曇らせるも、意を決して問いかける事にした。
「……私は、また師叔に面倒を掛けてしまいましたか?」
『そうだ』
怒りが頂点に達しているのか、イヴァンジェリンは変わらず無感情な言葉で即答する。
小玲は昨晩とある軍需工場に襲撃を掛けていた。
ターゲットはオブセッションとディファメイションのデータから作り出された、出来損ないの粒子兵器製造をしていた軍需工場。
そこで製造されていた破壊対象を完膚なきまでに破壊した小玲ポイントから脱出すると、荒野には理不尽な暴力に食い荒らされた戦車部隊の残骸が一面に広がっていたのだ。
おそらくイヴァンジェリンが昨晩忙しかったというのも、その支援が理由だったのだろう。
「……申し訳ありませんでした」
『君もその名前を名乗る責任を感じて欲しい――と言いたいところだが、彼が心配している。気をつけてくれたまえ』
その言葉に申し訳なさから曇らせていた小玲の顔は、晴れやかな笑顔へと変わる。
レイは最初、こういった任務に小玲が就く事を嫌がっていた。
D.R.E.S.S.を用いた戦闘以外の教鞭を取る機会がなかったのだから、それも無理はないだろう。
しかし粒子兵器の技術はイヴァンジェリン達の脅威となる上に、未だ信頼を回復出来ていない小玲の居場所はそこにはなかったのだ。
何よりグリーンアイドモンスターとして任務に就く事を望んだのは、小玲自身だったのだから。
結果的にレイはイヴァンジェリンが最大限のフォローを行う事と、その任務の過程で改めて小玲に評価を下す事を要求した。
小玲に殺されかけたフィオナもそれを了承し、イヴァンジェリンはレイの要求を呑む事にしたのだ。
そこまでレイが自身の事を考えてくれているという事が、小玲にはたまらなく嬉しかった。




