[Revolutionary] Witch Hunt 3
テロリストの男達は天井に埋め込まれたダクトから落ちてきた闖入者に、慌ててライフルを手に取ろうとするも、無様な様を晒しても殺すつもりでそこへ現れたレイには遅すぎる。
ライフルをスリングで肩に掛けていた男の額へ、床に叩きつけながらも転がり起きたレイは引き金を引き、サプレッサーを通過した弾丸が赤黒い点描をささやかな明かりに照らされた壁に描く。
「野郎ッ!」
テロリストの男はそう怒鳴りながら、壁際に置いたライフルを手に取りレイへと振り返る。
しかし男は間違いを犯した事に気が付けない。
誰よりも近くに居た人質を放り出し、遠くにあった武器を取る為に敵対者に背中を向けるという間違いに。
無遠慮に、そして無感情にレイは引き金を引かせる事なく、ボディアーマーを纏っていない頭部へと弾丸を放つ。
控えめな銃声の後に、地面に叩きつけられる重い肉の音。
引きつったような女の喉の音という対象が生きている証をを耳にしながら、レイは銃口を今しがた殺害した男達へ向けながら歩み寄る。
ヘルメット等に守られていなかった額には風穴が空いており、そこから流れ出す赤黒い固体を含む液体はそれらが人間としての終わりを迎えた事をレイに再確認させる。
「アレクサンドロフ議員ですね?」
部屋が薄暗かったおかげで救出対象がその光景を見ずに済んだ事に安堵しながら、レイは銃を懐に戻しながら対象へそう問い掛ける。
未だ目の前の状況が把握し切れていない女――エリザベータ・アレクサンドロフは、戸惑いながらも頷く事でそれを肯定した。
「私は民間軍事企業エイリアス・クルセイド所属、レイ・ブルームスです。あなたの救出に来ました。お怪我はありませんか? 今からロープを切る為にナイフを取り出しますが、あなたを傷付けるための物ではありません。大人しくしていて下さい」
未だ平静を取り戻せていない女とまともな会話が出来ると思えなかったレイは、矢継ぎ早に言葉を紡いでフライトジャケットの内ポケットからタクティカルナイフを取り出す。
黒いつや消しの塗装が施された合金の刃に女は垂れ目気味の目を恐怖から見開くも、レイはそれに構わずロープに刃を立てて切り落とす。
予想が正しければもう時間はなく、レイはすぐにでもここから脱出しなければならない。
『こちらアルファ1、定時連絡はどうした』
クラックの情報攻撃を限定して解除されているであろうヘッドセットから漏れ出す、ノイズ混じりの声。
そこまで考えるに到らなかった状況の推移のおかげで訪れたそれを、レイは駄目で元々だと言わんばかりにヘッドセットを穴の空いた男の頭部から奪い取る。
「……すいません、ウトウトしてました。暗いと駄目ですね、どうにも」
口先では適当な事を言いながらレイは切り裂いたロープを引き剥がし、手を引いてエリザベータを立ち上がらせようとする。
しかし恐怖で抜けてしまった足腰のせいで、倒れそうになるエリザベータの細くありながら女性を感じさせる体躯をレイは抱き寄せる。
『気をつけろ。それは大事なカードだ、逃げられでもしたら俺達は皆殺しだぞ』
「丁重にもてなしますよ、責任を持ってね」
自身とそう変わらない身長の為に、顔の横に来た金髪に目をやりながらレイはそう言う。
――しかし、どうするかね
そしてこんな状態の対象にあの侵入経路を行かせるのは無理があるが、そんな都合の良い道がないからレイはあの侵入経路を利用したのだ。
しかし思索するも出ない答えにため息をつきそうになるレイの耳は、ノイズ混じりのヘッドセットからの声を確かに捉える。
『まあいい、それよりも定時連絡だ。まずコールサインを』
その言葉に頭だけで自身が殺害した遺体へと振り返るも、コールサインが都合よく書いてあるような物など存在する筈がない。
エリザベータの体に回した右手で、左手首のバングルを操作しながらレイは薄暗い室内を見回す。
乱立するオフィスデスク、等間隔にあるささやかな月明かりを差し込ませる窓、それを覗けば唯一の光源であるLEDランタン。
――神に祈るのはガラじゃねえんだけどな
そう胸中で毒づきながらレイは近くのデスクへと歩み寄り、その影にエリザベータを隠すようにして座らせる。
『おい、聞こえてないのか!?』
相手の声に警戒の色が滲み出し始め、レイは観念したように嘆息する。
分の悪い賭けだったのは自覚していた、それでも上手くいってくれた事に越した事はなかった、とレイは舌打ちを堪えて口を開く。
「……アルファ2、なんてどうでしょう?」
『てめえ、なにも――』
その言葉を聞き終える前にレイはヘッドセットを投げ捨て、エリザベータへとスリングで肩から提げていた巨大な砲身を持つランチャーを向ける。
エリザベータは突然向けられた大口径の砲口に息を飲み、そんなエリザベータの様子に気付いたレイは、らしくないと思いながらも視線を合わせる為にしゃがみ込んだ。
「これはシェルカプセルです。見ず知らずの男にこんなものを向けられるのは怖いかもしれませんが、私はあなたを助けに来たんです。今だけは信用していただけませんか?」
その言葉を聞いたエリザベータは、恐る恐るレイの様子を窺う。
資料で見た事のあるシェルカプセル射出用のランチャー、埃だらけのダクトを潜ってきた為に薄汚れたフライトジャケット、そしてささやかな月明かりに照らされる自身よりも暗い青の双眸。
どの道、この状況では何も選ぶ事など出来はしない。
そう覚悟を決めたエリザベータは、観念したように頷いてそれを受け入れる事に同意する。
膝を抱えて座るエリザベータを射出された取っ手が付いた透明な皮膜が包み、やがて半透明になりながら硬化していく。
その円形の鎧に不備がない事を確認したレイはランタンの明かりを消して、窓へと駆け寄ってその勢いのまま窓ガラスへランチャーのグリップを叩きつける。
だが防寒用の分厚いガラスに罅を入れることも出来ず、レイはスリングを襷がけのようにしてランチャーを固定し、懐のホルスターに収めていた大口径のリボルバーと、ベルトにアタッチメントで固定していたフラッシュグレネードを取り出す。
「少しだけ、うるさくしますよ」
そう言うなり銀色の銃口は大きな銃声と反動と共に弾丸を吐き出し、ガラスが破壊される音が静寂を犯す。
そして冷え切った外気を送り込んで来る窓の外へ向かって、レイはピンを抜いたフラッシュグレネードの1つを投擲する。
遥か遠方の宙へ放たれたフラッシュグレネードは炸裂し、シアングリーンの光を背中に浴びながらレイはデスクの影に隠れる。
残ったフラッシュグレネードをポケットへ乱暴に入れ、銃をサプレッサーの付いたワルサーPPKへと取替え、その銃口を自身が使った侵入経路を覗けば唯一の出口である扉へ向けながら向けながらレイはただその時を待つ。
D.R.E.S.S.が推進剤を燃やす音を遠くに、そして慌しく近付いてくる無数の足音。
外部に展開されているであろうD.R.E.S.S.の部隊は、D.R.E.S.S.の展開時に発生する発光現象を模したシアングリーンの光という視覚的な欺瞞に惑わされ。
自身らが把握する事すら出来なかった襲撃者に慌てるテロリスト達は、死へと接近している事も理解出来ないまま死地へと向かう。




