[Reign] Of Terror-I'm [Rain] Maker 5
開戦から数十分が経った頃、イヴァンジェリンはようやく動き出した。
ヘリに搭載された4門のランチャーは砲口を開き、入り乱れた戦場へと4発のロケットを発射する。
轟音を上げて発射されたロケットはやがて自壊し、51のが赤い光を放ちながらD.R.E.S.S.へと変容していく。
そして硝煙と砂埃が交じり合う戦場に最強のD.R.E.S.S.部隊と言われていたフルメタル・アサルト所属のブラッディ・ハニーと、最初で最後の無人型D.R.E.S.S.ピグマリオンが現れる。
離陸を始めたフリーデン商会の航空機とエイリアス・クルセイドの護衛に10機ずつがつき、残りの30機のピグマリオンは上空からラスールの銃撃を始め、ブラッディ・ハニーは赤い単眼のマシンアイでただそれを静観していた。
戦場にはあらゆるD.R.E.S.S.が入り乱れ、ただ混迷を極めていた。
武装テロ組織であるラスールもロシア国防軍D.R.E.S.S.部隊も、こんな大規模な戦闘は初めてだったのだからそれも無理はないだろう。
そしてそのせいでブラッディ・ハニー――それを纏う事なく操っているイヴァンジェリンは混戦を静観をする事しか出来なくなっていた。
マシンガン、グレネードキャノン、ミサイルポッド。
それらの高火力武装を装備したブラッディ・ハニーが迂闊に手を出してしまえば、味方を巻き込んでしまう可能性もあるのだ。
しかしD.R.E.S.S.の知識を特別持ち合わせている訳でもない人間が手を加えたラスールの違法改修機達は、数で圧倒していたにも関らず徐々に圧され始めていく。
フリーデン商会支給の迫撃砲の砲火が、アンチマテリアルライフルの弾丸が、バンカーシールドの切っ先が使徒達の合金の鎧を屠っていく。
――さて、どう来る?
赤い視界で戦場を見下ろし、ヘリとその護衛のためのピグマリオンの戦列をゆっくりと下げ始めながらイヴァンジェリンは胸中で呟く。
レイと小玲が先陣を切っている以上、雷斬、デウス・エクス・マキナ、オブセッションは確実に撃破され、敵対者達が"最後の手段"に踏み切るのも時間の問題だろう。
そう考えるイヴァンジェリンはヘリ後部のフロアへと居場所を変え、ヘリとピグマリオンへの指示、ブラッディ・ハニーの操縦を同時に行っていた。
フィオナは不安からか落ち着かない様子でコックピットと後部フロアを行き来していた。
エリザベータは壁面に取り付けられたディスプレイに移る状況をただ見守っていた。
晶は胸元のメダイを指先で撫でながら傍受している国防軍の通信に耳を傾けていた。
「何かを待っている、と言ったところですの?」
エリザベータは誰にと言うでもないように問い掛ける。
「何を言うかと思えば。君だってこれから何が起きるか分かっているはずだよ、リザ」
あくまでディスプレイから視線を外さないエリザベータの問い掛けに答えながら、イヴァンジェリンはブラッディ・ハニーにグレネードキャノンを撃たせる。
ピグマリオンとヘリは搭載したAIが出された命令をこなしているために、イヴァンジェリンには多少の余裕が生まれ始めていた。
もっとも戦闘においてイヴァンジェリンは素人もいいところで、敵部隊の密集地帯にグレネードを打ち込む程度しか出来ないのだが。
「超硬度耐放射線ガラスに替えられたヘリのシールドガラス、戦場から離れ始めているわたくし達の座標、奸雄製造のD.R.E.S.S.コード違反の正体不明の兵器。考えるまでもありませんわ」
舐めてくれるな、とばかりにエリザベータは首を横に振る。
レイに害を成すのであればイヴァンジェリンでさえも駆逐してみせると言った、エリザベータの気持ちに嘘偽りなどないのだから。
「荒野においてナノマシン撒布兵器は力を発揮する事はない。ならば相手が保有している兵器はただ1つ――」
「核弾頭。それもD.R.E.S.S.単体で使用出来るほどに小規模な、ですね」
確かめるように、それでいて自身の答えは正しいと言わんばかりに、晶はイヴァンジェリンの言葉を奪う。
業績不振の会社を立て直すために手を出したD.R.E.S.S.コード違反の兵器。
それが核兵器をちらつかせる隣国に対する牽制の物だったのか、それとも夥しいほどの大量殺人のために作られたのか。
それは製作者である薛夫妻が死んでしまったために、知る事は出来なくなってしまった。
それでもきっとろくでもない理由があったのだろう、と晶がため息をついているとイヴァンジェリンは楽しそうに口を開いた。
「その通りだアキラ――ああ、これから世界が荒れ始めるぞ。核のボタンは軽くなり、民間軍事企業は核兵器を買い求め、核アレルギーを持っているロシアと日本はきっと恐慌に陥る」
「……なら、止めなくていいんですか?」
どこか聞き辛そうに、フィオナは目を閉じたまま首筋の十字架の刺青に指先で触れているイヴァンジェリンへと問い掛ける。
D.R.E.S.S.という最新にして最強の兵器が生まれ、21世紀に入ってから世界で核兵器が使われることはなくなった。
そのためここにいる全員が核兵器の脅威を知っている訳ではないが、フィオナは漠然とした恐怖に自然と自身の肩を抱きしめていた。
しかしそんなフィオナに対し、イヴァンジェリンは呆れたように肩を竦める。
「知った事か。信頼を回復したい、おこぼれに預かりたい、そんな即物的な考えしか出来ない国防軍。信仰を履き違えて私のD.R.E.S.S.を冒涜した愚か者共。私達を利用しようとする拝金主義のバカ者共。どれか1つでも助けるに値する存在は居るかい、フィオナ?」
イヴァンジェリンはここに来て生まれてしまった選民思想とは違う、歪み切った考えを吐き捨てるように口にする。
自身以外の3人の女達がレイにとって必要なのは理解したが、その他の人間達が自身達にとって必要だとはイヴァンジェリンには思えなかったのだ。
真っ直ぐ生きるにはイヴァンジェリンは頭が働き過ぎ、折れてしまうにはレイという支えはとても強力過ぎた。
その果てにイヴァンジェリンは世界の全てを拒絶する事を選び、ヤハウェとは違う結末へと辿り着いてしまった。
方舟はたった1機のヘリ、ノアと番の動物達は1人の男と3人の女と1つの傀儡。
その皮肉な結末とブラッディ・ハニーから送られて来た映像に、イヴァンジェリンは口角を歪めて獰猛な笑みを浮かべる。
その赤い視界に映るのは、存在してはいけないマークが刻み込まれたランチャーと、それを抱えるエンブレムのないルードだった。




