[Revolutionary] Witch Hunt 2
ここ十余年で起きたエネルギー革命によって役目を終えたガスタンクの群れ、そしてその新たに生まれたエネルギーのおかげで世界の命運を分ける力となったD.R.E.S.S.。
月明かりが照らすタンクの影に隠れながら、スリングで肩にランチャーを掛けているレイは頼りにならない視認によって辺りを索敵しながら暗闇を進んでいく。
巡回には未だ鉢合わせていないものの、1度出会ってしまえばどちらかが死ぬまで終わらない闘争へと発展するこの状況がレイの傭兵としての意識を鋭敏にしていく。
超小型電力増幅回路の誕生、複雑系アクチュエータ技術の向上と普及によって化石燃料は陳腐化した。
そして電力は安価かつ供給しやすい至高のエネルギーとなり、ほとんどの国が採掘をやめた化石燃料はアンティークカーなどを楽しむ資産家達が求める贅沢品と化した。
だからこそこの施設が廃棄された物と知っていてもタンクにガスが溜まっていないと断定する事は出来ず、レイは戦闘は避けなければならない。D.R.E.S.S.による戦闘が始まってしまえば、ここら一帯など焼け野原になってしまってもおかしくないのだから。
――雪が降ってねえだけマシか
ようやく見えてきた建物のささやかな明かりを頼りに、広大な敷地を走りながらレイは胸中でそう毒づく。
足跡という痕跡を残してしまう新雪、黒いアウターを好むレイの服装、衰弱している可能性すらある救出対象。雪が降ってしまえば全てがレイを追い詰め、対象の救出を妨げただろう。
そして状況は一刻を争う。そう言っていたエイリアスの言葉はそういった任務の難易度の上昇と、対象が女性である事から生まれた危機感をレイに理解させた。
人質を取るという行為には2種類の目的がある。
1つ目はそれをカードとして自身らの要求を飲ませる事、そしてもう2つ目は"見せしめ"として扱い、自身らを不可侵の存在と仕立て上げる事。
エイリアスがこの状況に及んでもレイを派遣したという事は2つ目の可能性は薄いと判断しつつも、テロリストという有象無象の組織が女性であるアレクサンドロフ議員に恐慌に及ぶ前の救出を望んだという事である。
テロリストという存在がどれだけ移り気で、目の前の物に対してどれだけ浅ましい欲望を抱くのか、レイはそれをアテネで再確認させられたのだから。
目標の建物に1番近いガスタンクの裏に隠れながら、レイは辺りの様子を窺う。
――外に居るのは5人、中には不明
途中見かけた巡回と建物周辺をうろついているテロリスト達をカウントしながら、レイは決まった順路を不規則に進むライフルに付けられたフラッシュライトの軌跡を確認しながら建物へと走り出した。
フライトジャケット のポケットから取り出した手の平大の銃器を取り出し、3階建ての建物の屋上の縁と引き金を引く。
射出されたアンカーは縁へとその牙を深く突き刺し、ほぼ垂直に張ったワイヤー強く引くとレイの体が屋上へと引きずり上げられていく。
――ジェームズ・ボンドって柄じゃねえんだけどな
屋上に到達したレイはアンカーを回収しながら、エイリアスのよこした珍しい装備にそう苦笑する。D.R.E.S.S.が生まれてから空を飛ぶ事は容易となり、こういった装備を使っている人間などレイは知らなかった。
レイはタクティカルナイフを妙に底の深いフライトジャケットの内ポケットから取り出し、刃の背を通風孔の蓋を留めるネジへと這わせて1つ1つ外していく。
発光現象を伴うD.R.E.S.S.関連の武装は暗い中での潜入任務において敵に捕捉されてしまう可能性が高く、レイは自身の手で携行出来る物しか使用することは出来ない。
4隅に2本ずつ付けられたネジの全てを外し、音を立てないように蓋を置いてレイは中の音に耳を澄ませる。ファン等が回っている様子はなく、施設の電力が完全に死んでいる事を窺わせた。
――ポイント確保、さっさと行くか
アンカーを通風孔の縁に食い込ませ、レイはアンカーシューターのワイヤーを伸ばしながら下降していく。
エイリアスの用意したこの施設の見取り図が正しければ、その通風孔は施設の中央を貫くような形で1階の天井裏まで続いている。
月明かりさえ入り込まないダクトの中で、レイはワイヤーを伸ばすリールの音を聞きながらバングルの生体センサーを起動させる。
――しかし、武器商人の娘の次は政治家か
フィオナ・フリーデンは兵器の流通を実質的に管理しているフリーデン商会へのカードとして、エリザベータ・アレクサンドロフは彼女自身のマニフェストを支援する人間達へのカードとして。
人質として狙われているという可能性を除けば、一切の関連性がない2人の女。
そしてわざわざ所属をH.E.A.T.から、エイリアス・クルセイドという架空の民間軍事企業に変えられた理由。
未だ読めないエイリアスの考えがレイの脳裏を掻き回すも、答えなど出るはずがなくレイは思考を振り払う。
やがてコンバットブーツの爪先が何かに触れたのを感じたレイは、アンカーシューターのリールを止める。
アクティヴにしているバングルの生体センサーに未だ反応はなく、レイは小さくため息をついて匍匐全身で平行へ伸びるダクトを匍匐全身で進んでいく。
――最新最強の兵器を扱いながら這いずり回らなきゃならねえ、か
H.E.A.T.に入る為の身辺調査はジョナサンに後見されているという理由でパス出来たものの、高価な兵器である事に変わりはないD.R.E.S.S.を扱うだけの実力と人間性があるかどうか試された日々。
そしてネイムレスを得てからは撃墜判定を受けたチェレンコフのルード改修機――ゴリニチを盾にしての単機で敵部隊の殲滅、クラックの情報攻撃を受けながらもスナイパーを探し出し撃墜、D.R.E.S.S.自身との連動性を上げる為に灰色の装甲をただ纏い続けた膨大な時間。
軍ではなく民間軍事企業だからこそありえる過酷な状況と、機体よりも替えが効く搭乗者を痛めつける事によって向上させる錬度。
その日々の結果がダクトを這いずり回るこの有様かと、レイはおかしく感じてしまう。
本人は未だ納得はいっていないものの、掃いて捨てるほど居る傭兵の中でエイリアスに選ばれたのは、優秀な兵士だったジョナサンに1度も勝利出来ぬまま引退を許してしまった、手放しで優秀であると言えないレイだけ。
――"そういう事"だっていうなら、分かりやすいんだけどな
数々の任務を課し、その最後には口封じの為に殺す。
これまでに何度も仕掛けられた罠と同じかとレイは考えるも、20万ドルという撒き餌にしては膨大過ぎる前金がその考えを否定する。
その一向に変わらない自身の状況にレイは小さくため息をつき、ただ暗闇を進んでいく。
人の気配は薄く、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた施設内。それでもクラックのジャミングを受けて、有効範囲を半径3mにされてしまっている生体センサーが、レイにこの場所が戦場なのだと理解させる。
そしてそのバングルが弱々しいシアングリーンの光を発したその時、レイは遥か前方で下方から差し込むささやかな光と、微かに聞こえる男達の声を確かに感じ取った。
「――んだよ。少しくらい構いやしねえよ」
「まずいっすよ、バレたら殺されますって!」
音を立てぬよう進むレイの耳に届く英語で紡がれた言葉は、エイリアスが避けようとしている事態へ向かっている事を予見させる。
細心の注意を払いながら辿り着いた、ささやかな光を差し込ませる空気の供給用の網目状の窓から窺える、そう大きくはない一室にはテロリストの男が2人と猿轡を噛ませられ、ロープで椅子に縛られた金髪の女が居た。
「うっせえな。あいつらにも後でまわしてやれば黙るだろ?」
「そんな訳ないじゃないっすか! ギャラで女買う方が安全っすよ!」
若いテロリストの男はそう制し続けるも、もう1人の男はそれを聞き入れようとはしない。
そうして最悪の状況へと加速を始めた眼下の光景を視界に収めながら、レイは網目状の窓を留めるネジを指で探るも、外から留められているネジをレイが外す事は出来ない。
「うっせえってんだよ! どうせ交渉がどうにかなるまで俺達も、議員サマも暇でしょうがねえんだ――それにこいつを使っちまえば分かりゃしねえよ」
男が下卑た声と共に取り出したのは、濁った液体を入れた注射器。
そのナノマシンが混在する薬液を見せ付けられた女は、嫌だとばかりに猿轡越しに悲痛な声を上げる。
――やるしかねえか
そう胸中で呟いたレイはサプレッサーを付けたワルサーPPKをボディホルスターから取り出す。
注射器を取り出した男は目の前の上等な獲物に夢中になり、ライフルを壁際のデスクに置いてアレクサンドロフ議員へと近付いていく。
「脳味噌イッちまうくらい楽しませてやるよ、議員サマ」
その言葉を聞いたレイはワルサーPPKを握った右拳を左手で包むようにして、網目状の窓を肘で打ち破りながら落下していく。
 




