Embrace [Evanescent] Egoist 7
「俺は反対だ、1人でやらせてもらうぜ」
「そうはいかない。偶像崇拝をしない彼らでさえ、オブセッションを信奉する存在と見ている。アレを破壊すると言う事はラスールとデスペラードとの総力戦という事になるんだよ」
一方的に告げられたレイの拒絶を、イヴァンジェリンは当然のように切り捨てる。
相手がラスールの有象無象だけであれば、リベリオンだけで殲滅は出来るだろう。
しかし相手の勢力にはH.E.A.T.の1等級の戦力が含まれている以上、それを認める事はイヴァンジェリンには出来ないのだ。
「それで足手纏いを連れてけってのか? 冗談じゃねえ」
「冗談なんかじゃない。何を間違っても、レイ1人に出撃させる事だけはありえないよ」
「ならまずパトロンを暗殺する。その後で敵の拠点に単独潜入してオブセッションを破壊、そしてデスペラードの主戦力の撃破すりゃいい」
「却下だ、現実的ではない。大体パトロンを1人殺したところで、低俗ないたちごっこが始まるだけだ。やるなら1度に全てを殲滅しなければならない」
「アイツを連れて行けばそれが出来るってのか?」
「そうは言わないが間違いなくアナイアレイションは強力なD.R.E.S.S.で、それを纏う小姐の実力は"君が私達を任せるに値する"レベルまで引き上げられたんだろう?」
見透かすように見つめてくるピジョンブラッドの瞳から目を逸らしながら、レイは苛立たしげに舌打ちを返す。
レイは焦っていた。
状況は自身が思い描いていた物とは違う物となりつつあり、このままでは最悪の事態を迎えてしまうのではないか。その考えがレイをただ焦燥させるのだ。
「何が気に入らないんだい、レイ?」
「足手纏いが戦場に出てくる事だ。アイツだけじゃねえ、素人も邪魔なんだよ」
その吐き捨てられたレイの言葉に、フィオナは訝しげに顔をしかめる。
全ての嘘を見抜けるわけではないが、その時のレイの言葉には秘匿されている事実があるように感じたのだ。
「それだけが理由ではないはずだ。小姐が死ぬかもしれない可能性が気に入らないのかい? ファイアウォーカーとの戦いに水を差されるのが嫌なのかい? それともこの戦いで3人の居場所がなくなるのが気に入らないのかい?」
あまりにも突然なイヴァンジェリンの言葉に、小玲を除いた3人の女達は理解出来てしまったレイの考えとイヴァンジェリンの思惑に顔を強張らせる。
ラスールとデスペラードと敵対すると言う事はその背後のパトロンと敵対すると言う事であり、過去にネイムレスを指名手配した彼らがレイに対する人質となりえる3人を放っておくはずがない。
しかし苛立ちに顔を歪ませるレイと呆然としている4人を置き去りにして、イヴァンジェリンは言葉を続ける。
「1人が残って私達を守り、もう1人が殲滅に向かうというのであればレイが行くのが1番確実なのは分かる。その結果1人で全ての罪を被ろうと言う君の考えもね」
イヴァンジェリンは知っていたのだ。
レイがノウマンという情報屋を訪ねたのも、デスペラードの部隊を全滅させたのも全て自身の独断専行を演出する物なのだとを。
レイの独断専行を口外しないといったノウマンは、自身の命が危うければ平気で情報を吐くだろうと。
無数の死体が散乱する現場に残された.32ACP弾の薬莢は、ワルサーPPKを持つ傭兵の存在を示唆させるのだろうと。
最後のリベリオン単機での襲撃は、レイとイヴァンジェリンの決裂を事実とすると。
ここまでの判断材料を出されて、その答えに辿り着けない者はこの場には居なかった。
「しかし私とアキラはピグマリオンで自衛する事は出来る、コレーとジェーブシュカだってその気になれば家の人間達が守ってくれるはずだ。ならアナイアレイションを連れて行くのに問題などない、そもそもあれはリベリオンの盾として作った物なのだからね――それに分かっているはずだ。その懸念の全てを無視しても、君1人に行かせられない理由が」
「どういう事、ですか?」
元部下の名前を出されてからというもの、平静を取り戻せていない晶は途切れ途切れの言葉で問い掛ける。
死なせてしまった部下の妹が復讐のためにここへ訪れたのだから、それも無理はないだろう。
そしてイヴァンジェリンは沈痛そうな面持ちで、その問い掛けに答えた。
「その右腕、あれからほとんど治っていないんだろう?」
その言葉に全員の視線がレイへと集まり、当のレイは苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。