Set Fire To The [Suspicion] 4
リュミエール邸の廊下は薄暗い。
それというのも羞明という、先天性白皮症特有の症状を抱えたイヴァンジェリンに合わせた結果だった。
防犯の関係からレイはいい顔をしなかったが、セキュリティを突破された際には全ての照明が強制的につけられるようになっているため、雇用主の意向には逆らえないで居た。
そんな最低限の明かりだけに照らされた廊下を小玲は1人で歩いていく。
普段被っているキャップは被っておらず、、普段結っている髪も解かれ、ジッパーで占められたパーカーの胸元はインナーではなく肌を露出させている。
そしてコロコロと変わる表情の顔はただ無表情に、勝気な色を浮かべていた瞳はただ虚ろに暗闇を見つめていた。
――酷い話であります
小玲は薄汚れた白いハイカットスニーカーを履いた足を動かしながら思う。
レイに名前を呼ばれたあの日から訓練は激しさを増し、時にはリベリオンの拳で殴り飛ばされる事もあった。
殺しに特化した武装や足技でどうにかされなかった辺りに師の手加減を感じるが、それでも小玲の体は疲労と節々の痛みを訴えていた。
それでも小玲の足は止まる様子を見せず、ロビーを挟んで向こう側のとある部屋を目指して歩き続けていた。
その部屋の主は2週間ほど前に無断外出をしたせいで外出禁止を申し渡されている。
目的の人物の状況を知っていている小玲には、今この瞬間が絶好のチャンスなのだ。
――責任を取ってもらうであります
レイ・ブルームスは小玲が"ずっと捜し求めていた人物"ではなかったが、最強の剣であると同時に最高の守護者だった。
あの腕に包まれてあらゆる脅威からから守られている彼女らは、どれだけの幸せを享受しているのだろうか。
そんなことを考えれば考えるほどに、あの男が欲しくなるのだ。
師と弟子という関係が心地良い小玲はレイに守って欲しいとは思わないが、唯一無二の信頼関係を築いている彼女らが羨ましく思えてしょうがない。
両サイドに戦力を分けた方が有事の際に対応しやすい。
そう諭したレイの言葉は言葉通りの思惑と小玲への警戒からの言葉で、部屋の距離はレイと小玲の心の距離なのだろうと小玲は理解させられてしまっていたのだ。
だからこそ小玲はその距離を自らなくす事にした。
あの皮肉屋が、最強の剣が小玲には必要なのだ。
しかしそんな小玲の行く手をそれほど身長が代わらない人影が阻んだ。
「こんな夜遅くにどうしたの、薛さん」
「野暮な事を聞かないで欲しいであります、フィオナさん」
フィオナの問い掛けに小玲は視線も合わせないまま答える。
直接言葉を交わす事は少なかったが、その見た事のない小玲の様にフィオナはスカートを握り締める。
「……行かせると思うわけ?」
「未だ守られているだけで、師叔の役に立つ事も出来ていないフィオナさんにシャオを止める権利はないであります。それに師叔はシャオを可愛がってくれているであります、邪魔をしないで欲しいであります」
「ヒッ!?」
そう告げる小玲の瞳にフィオナは短い、声にならない悲鳴を挙げる。
その瞳が灯す無感情な色は、1年前にテキサスでレイが藍色の瞳に灯していた物だった。
恐くない訳ではない。だが誰も信用出来ない以上、レイを救えるのは自分だけなのだから。
「……あなたは誰なの?」
「シャオは小玲・薛であります。自己紹介したはずでありますよ?」
頭でもどうかしたかと言わんばかりの小玲の言葉に、フィオナはゆっくりと首を横に振ってこの茶番に終止符を打つ事にした。
「嘘よ。あたしが知っている"小磊・薛"は私と同い年で、黒髪黒目のはずだもの」