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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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Dearest [Death] Dealer 12

 応接室へと居場所を移しソファに腰を掛けているフィオナは、寒さとは違う物に震える体をヴェンツェルという女性の護衛に抱き締められていた。

 室外をD.R.E.S.S.を装備した商会の人間達が守備を堅め、フィオナとローネインとヴェンツェルしか居ない応接間は、遥か遠くで聞こえる銃声が聞こえるほどに静寂に満ちていた。


 ――どうしてこんな事になったんだろう


 ローテーブルに置かれた大好きなホットココアに手も付けず、フィオナは呆然とする意識の中でそんな事を考えていた。


 騙されていた日々。

 誘拐されかかった事実。

 そして窓の外に現れたカーキ色の敵意。


 その渦中に居ながらも両親や商会の人間達に守られていたフィオナは知らない、この世界が持っている悪意の顔。

 フィオナが兄と慕っていた男はその世界に生き、その男に命を救われたフィオナはその世界がもたらした報酬によって生かされていた。

 それを理解しないまま生きていく事と、それをまま生きていく事。そのどちらもがフィオナの描いていた未来を与えはしない。


「お嬢様、顔色が優れないようですが」


 そう言いながらヴェンツェルはブラウンの瞳で、フィオナの緑色の瞳を覗き込む。

 フィオナはそのブラウンの瞳から目を逸らして、震える両手を湯気が立つカップへと伸ばす。口へ流し込んだココアはいつも侍女が作ってくれたような滑らかさはなく、だまになったココアの粉は、フィオナに仮初めの平穏に別れを告げさせているような気がしてフィオナは眉をしかめる。


「聞きたい事があります、あなた達は誰ですか?」


 カップをローテーブルへ戻し、かろうじて搾り出せたか細い声で、フィオナはスリングで肩にライフルを下げた黒人の男にそう問い掛ける。

 その拒否を許さない姿勢にローネインは商会のトップであるダミアン・フリーデンと、秘書として妻としてそのダミアンを支え続けているレア・フリーデンの面影を垣間見た。

 そしてローネインは姿勢を正し、咳払いの後にその問い掛けに答える事にした。


「お気を悪くせずにお聞き下さい、お嬢様。我々はフリーデン商会所属フィオナ・フリーデン様専属の護衛部隊です。私は指揮官のローネイン、そちらは副官のヴェンツェルです」


 顔すら見た事のないその2人にフィオナは、レイが言っていた事が事実であったのだと理解させられる。

 それでも踏み出してしまったフィオナは、もう止まる事は出来ない。


「その部隊には、何人くらいいらっしゃるんですか?」

「10名の超少数精鋭部隊です。D.R.E.S.S.を使用出来る人間を常時1人ずつ用意し、昼夜で交代してお嬢様を護衛していました」

「……あの人も、そうなんですか?」


 今まで接してきたレイ兄さん、灰色のD.R.E.S.S.を展開しカーキ色の襲撃者を駆逐したレイ・ブルームス。

 そのどちらも理解出来ていなかったフィオナは、答えを求めるようにそう問い掛ける。

 そして護衛対象としてのフィオナ以外を知らないローネインには、その問い掛けに潜む意図は理解出来ないが、望まれた精度の答えを返せない無力感からローネインは僅かにポーカーフェイスを歪める。


「レイ・ブルームスの事でしたら、あれは違います。商会の人間でもなければ、我々のような銃を扱えるだけの素人でもない。あれは本当の意味での戦争のプロです」


 返された自身の想像を越えた答えに、フィオナは驚愕から息を呑む。

 理解したいという感情と、その事実を拒否したいという感傷。その2つが胸中でせめぎ合うフィオナをはっきりと見た上で、ローネインは言葉を続ける。


「国連からお嬢様を守る為に派遣された戦力。我々はあれに与えられたそんな情報と、あれの名前しか知りません。会長も調べたそうですが何1つも分からない、と」

「何1つ、ですか?」


 フィオナのその言葉をローネインは頷く事で肯定する。

 銃器が使用出来ない状況での戦闘、気付かれない程度の欺瞞情報をばら撒きながらD.R.E.S.S.を展開しない事で擬似的なステルスを実現した襲撃者の駆逐。それらをやってみせたレイ・ブルームスが普通の人間でない事は火を見るより明らかであった。


「少なくともブルームスはお嬢様の為に命を懸けて戦っています。生身でお嬢様を拉致から救出し、今度は数すら掴めない程の襲撃者達と相対しています。あれがどういう存在であれ、我々には何も――」


 そう護衛部隊の指揮官として理解している事を告げるローネインの言葉を、屋敷ごと振るわせるほどの爆音が掻き消す。

 ヴェンツェルは咄嗟に覆いかぶさるようにフィオナをソファへ押し倒し、ローネインは壁に柱に捕まりながら眩光が瞬いた窓の向こうを睨む。ローネインが眩しげに目を細めて見たその方角には、襲撃されていた倉庫がある。


「どちらにせよ決着はついたようですね。我々の勝ちにしろ、負けにしろ」


 爆音が去り、扉の外が慌しくなり始めたのを確認したローネインは、通信用に渡されたトランシーバーを取り出す。ジャミングをしていたクラックが撃破されたらしく、トランシーバーから漏れ出す声はフリーデン商会の人間の物だった。


「……お父さんとお母さんと、あの人は無事ですか?」


 ヴェンツェルに起こされながらフィオナはローネインへそう問い掛けるも、突然の爆発はフィオナの体を硬直させ、フィオナは上手く声が出せない。

 だが両親は長くその脅威と共に在り、レイは自身を置いてその線上の渦中へと飛び出していった。それを理解してしまっているフィオナの胸中を、レイが自身を騙していると知ったあの時のような不快感が犯していく。


「不明です――申し訳ありませんが、少々お待ち下さい」


 そう答えながら暗号通信の着信を告げるトランシーバーを片手に部屋の隅へと移動していくローネインから、床へと落ちてしまったココアが入っていたカップへとフィオナは視線を移す。


 おそらくこの戦いで、少なくはない数の人間が死んでしまっただろう。

 その全てが自分のせいだとは思わないが、それでも自身を守る為に死んでいった人間も居るだろう。

 そう考えてしまったフィオナの様子に気付いたのか、ヴェンツェルは黙ってフィオナを抱きしめる。

 その今まで遠ざけ続けてきた暖かさが、フィオナにこれ以上ない安堵を与えてくれた。


「お嬢様、会長と奥様はご無事です。護衛部隊と共にこちらに向かっておいでのようです」


 ローネインがそう言うやいなや、フリーデン家の人間が持つマスター権限か指揮官権限でしか開けなくなった応接間のロックが解かれる。


「フィオナ!」


 扉が開かれフィオナと同じ栗色の髪に緑色の瞳を持つスーツ姿の女性――レア・フリーデンが、従者を押しのけてフィオナへと駆け寄る。

 ヴェンツェルはソファから立ち上がり、フィオナの隣をここまで走って来たと分かるほどに息を切らしていたレアへと譲る。

 ダミアンとフィオナの護衛にそのほとんどを割けるよう、屋敷はおろか部屋からすらほとんど出られなくなっていたレアのその行動に驚愕するあまり、フィオナは声も出せないままなされるがままとなった。


「レア、フィオナが心配だったのは分かるが、俺を置いて行くとはいい度胸だ」

「あなたのような口先三寸で渡って来た人と違って、フィオナは女の子なのよ? 武器商人の鉄面皮と女の子の柔肌じゃ比べ物にならないじゃない」


 レアは見覚えのあるバングルを着けた私兵を引き連れて現れたダミアンにそう言い、妻につれない言葉を返されたダミアンは思わず苦笑を浮かべる。

 酷い話だ、そう返そうとしたダミアンの隣に、着信をバイヴレーションで告げるダミアンの携帯電話を持った従者が駆け寄る。

 その使い古された携帯電話の画面には、ダミアンが与えた携帯電話の番号と与えた相手の名前が表示されていた。


「ご苦労だったな、小僧」

『報告義務がある事柄だけ報告させていただきます。襲撃者の殲滅完了。内通者はフィオナ・フリーデン護衛部隊のホロパイネン氏、氏は襲撃者達との仲間割れの末に殺害されました』


 自身の労いの言葉に対し、言葉通り報告だけを羅列するレイにダミアンは苦笑を深める。

 その電話越しの声は小規模とはいえ1つの戦場を蹂躙して見せた疲労も滲ませず、淡々とした物だったのだ。


「襲撃者の正体は?」

『商会から強奪された物を除いてルードとクラックを1機ずつ、そして7機の違法改修(イリーガル)ナーヴス。戦力とそのカスタムからラスールと私は断定します』


 装甲車やバリケードを無理矢理くっつけた装甲、インストール出来ないが為にワイヤーで括りつけた銃器、そして偶像崇拝を禁ずる宗教的な観点からエンブレムの1つもついていない違法改修(イリーガル)ナーヴス。レイがこれまでも何機も潰してきたそれは、紛れもなくラスールの物だった。


「そうか、相手がテロリストでは保険会社以外には泣きつけない、か。国連は何も保障してくれないのか?」

『ご息女様の身柄の安全のみが私の任務でしたので。そちらのD.R.E.S.S.部隊と私の仕事、その内容の差と結果で納得していただければ幸いです』


 結果としてフリーデン商会のD.R.E.S.S.部隊は性能で大いに勝っていたルードを使用しながらも、違法改修(イリーガル)ナーヴスの部隊に苦戦を余儀なくされ、最終的にネイムレスによる乱入がなければどうなっていたか分からない局面まで追いやられていた。


 言い返す事すら出来ないレイのもっともな言葉に、期待以上だと嘆息するダミアン。

 ダミアンがスーツの袖を引かれる感覚に見下ろせば、頭2つ分ほど身長差のある娘がそこに居た。


「代わって、お父さん」


 レアの抱擁から抜け出して来たフィオナはそう言いながらダミアンへ手を差し出し、ダミアンはすっかりか弱さが失われた娘の様子にどこか面白そうな笑みを浮かべて携帯電話を娘の手に握らせた。

 フィオナは経過時間を示すディスプレイの数字を見ながら、深呼吸を数回繰り返し口を開いた。


「レイ兄さん、あたし――」

『いいかフィオナ、1度しか言わねえからよく聞け』


 悲痛な響きを持ったフィオナの言葉を、レイは拒否を許さないぶっきらぼうな口調で遮る。

 しかし自身の信条を曲げてまで言葉を紡ぐ事を決めたレイは、言葉を止めはしない。


『世の中の全てがお前を認めねえなら、お前が認めさせて見せろ。肩書きはお前を解放しはしねえ、それでもそれは何よりもお前の背中を押してくれる。利用出来るものは何でも利用しろ、俺はもうお前を助けられねえがそいつらは違う』


 電話越しに向けられた同情。求めていた物とは違う、それでありながらフィオナを避けていた人間達が向ける事はなかった感情。

 おそらくこれからの人生で何があっても忘れらないであろう、心地良くも寂寥感を感じさせる日々へ想いを馳せながらフィオナは最後に言葉を紡ぐ。


「……レイ兄さん、あたしは一生をあなたを許しません」


 その2度目の言葉にレイは笑いを噛み殺し、満足したように最後の言葉を告げた。


『そうかい、あばよフィオナ。もう2度と会う事はねえだろう』


 その言葉を最後にブツリと通話が切断され、携帯電話のスピーカーは繰り返されるシグナルだけを吐き出す。

 そして夜が明けてから、フィオナはローネインとヴェンツェルを連れてレイに貸し与えられた部屋へと向かった。

 フリーデン家の人間だけが持つマスター権限、もしくはローネインのような指揮官が持つ指揮官権限でしか開かなくなっていたはずのロックは何らかの方法で開錠されており、室内の中身のなくなったクローゼットとテーブルに置かれた見覚えのある携帯電話が、かつてそこに居たはずの存在を霞にかけていくような印象をフィオナに与えた。

 それでもフィオナの胸に輝く小さな十字架は、その存在を肯定し続ける。


 ―― 一生、許さないから


 小さな十字架を指先で玩びながら、フィオナは宣誓するようにそう胸中で呟いた。


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