Set Fire To The [Suspicion] 2
「率直にお尋ねしますわ、ドクター・リュミエールは何をお考えですの?」
「率直に答えさせてもらうと、わたしには何も分からないわ」
あまりにもあっさり答えられたその回答にエリザベータは嘆息する。
一筋縄ではいかないとは思っていたが、こうも取り付く島がないとは思わなかったのだ。
しかしエリザベータは望み薄の状況の中で追求を続ける。
「エイリアス・クルセイドの実権を握っているアキラさんに何も知らせないまま、ドクター・リュミエールは動いていると言う事ですの?」
「わたしはただの社員でしかないわ、仕事が多いだけで実権を握っているのはあくまで社長よ。買い被らないでちょうだい」
「ですが1年前は……」
テキサスのディファメイション戦の際に、晶はイヴァンジェリンと共に姿を消していた。
交渉やデスクワークの全てを取り仕切っている晶、あくまで科学者でしかないイヴァンジェリン。
その2人の役割を考えてしまえば、そう言った点においてイヴァンジェリンが社長としての義務を果たしていないというのがエリザベータの認識だったのだ。
「あの時は社長が1人で解決出来ないからってわたしを頼ってきただけよ。屋敷まで車を運転して、それからリベリオンを仕上げるなんて非効率的でしょう? それにあの人は天才。向こうから歩み寄ってくれない限り、わたしみたいな凡人に理解出来るはずがないじゃない」
「でしたら、なぜここでお働きになられましたので?」
理解出来ないとばかりにエリザベータは問い返す。
意図も何も理解は出来ないが結果だけは求められる上に、身を置く事となったこの屋敷は世界で一番注目を集めている科学者と傭兵が居るホットスポット。
覚悟を持って訪れても居続けるにはあまりにも過酷な環境であるリュミエール邸に、優秀な人間であるとはいえ非戦闘員である晶が住み続けている事にエリザベータは疑問を持ってしまっていたのだ。
そしてその問い掛けに晶はげんなりとした表情を浮かべる。
「……最初は社長に騙されたのよ。「レイ・ブルームスの命が惜しければこの屋敷まで来い」って気持ち悪いマシンボイスのメッセージと飛行機のチケットを一方的に送りつけられて、簡単に荷物をまとめて急いでロサンゼルスまで飛んで、屋敷に辿り着いたらニュースでしか見た事のない天才と傷だらけのレイ君。あの時は本当に大変だったわ」
「……よく許せましたわね」
途端に途方もない疲労感を滲ませた言葉を紡ぎ始めた晶に、エリザベータは顔を引きつらせながら答える。
鴻上製薬の1件で職にありつけなくなっていた晶の当時の状況をエリザベータは知らないが、その扱いはあまりにも酷過ぎると感じていた。
自身がその立場に居たのなら、迷わずレイを連れて逃げ出していただろうと思ってしまうほどに。
しかしエリザベータに限りない器を感じさせていた晶は、シニカルな笑みを浮かべていていた。
「そうでもないわよ? 重傷のレイ君を見せられて延々と話を聞かされた後、思わず社長の横っ面を引っ叩いてしまったもの」
その簡単そうに言われた言葉に、エリザベータの怒りや同情が一瞬にして吹き飛ばされる。
当時の晶は就労ビザも持っていないただの一般人で、その晶が引っ叩いた人間は世界を変えた稀代の天才。
何より年齢差すら覆すほどに"大人の女性"として完成しているように見えていた晶が、そんな感情的な行動に走るとはエリザベータには思えなかったのだ。
「事情を知らなかったとはいえ許せないじゃない。17歳の子に戦わせて、あんな酷い怪我を負わせて、挙句の果てにあの子を助けるために会社を作るから手伝え、なんて」
晶はそう語りながら胸元の革紐に通されたメダイの表面を指先で撫でる。
当時のレイは晶に認められて嬉しかったと言っていた。
当時のレイは結果的に敵対した晶を救った。
当時のレイは自身が原因とはいえ、育児放棄された母の置き土産である瞳の色の名前に特別な想いを抱いていた。
誰かが望んであげれば普通の少年として生きていられた、誰かが手を伸ばしてあげればあんな悲しい目に遭わせる事もなかったであろう17歳の少年。
そう考えてしまった晶が、その原因の一端であるイヴァンジェリンへ激昂してしまったのも無理はなかった。




