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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Smash To [Brutal] Desperado
137/460

Dressed In [Hurtful] Tragedy 3

「イヴァンジェリンさんは、何を考えてるんですか?」


 フィオナは赤いベルベッドのカーペットが敷かれたリュミエール邸の廊下で、ピジョンブラッドの瞳を覗き込みながら問い掛ける。

 緊張からか口の中はカラカラに渇き、耳は聞こえないはずの鼓動を捉え、思わず握り締めてしまったスカートは深い皺を付け始めている。

 芝居がかった口調で全てを粉飾するイヴァンジェリンは、フィオナにとって1番苦手なタイプの人間だった。

 それでも、フィオナには確かめなければならない事があるのだ。


「何のことかな? 私には分かりかねるよ、コレー?」

「とぼけないで下さい」

「とぼけてなんかいないさ。君が何を言ってるのかすら、私には分からないんだからね」


 イヴァンジェリンはそう言いながら、フィオナの言葉に理解出来ないとばかりに肩を竦める。


 しかしそれは天敵と対峙する覚悟をしているフィオナにとって、織り込み済みの事だった。


「じゃあ聞かせてください。イヴァンジェリンさんは、レイ兄さんをどうするつもりなんですか?」

「本当に君は……どうするもこうするも、今まで通りさ。何も代わりはしな――」

「レイ兄さんは、もう用済みだって言うんですか」


 その突然のフィオナの言葉に、穏やかな笑みを浮かべていたイヴァンジェリンの顔から表情が一切に消える。

 交渉どころかレイにワガママを言って却下されてきた自身が引き出せたその情報(ひょうじょう)から、フィオナは違っていて欲しいと願っていた答えに辿り着いてしまう。


 やはり、イヴァンジェリン・リュミエールは信用するに値しない、と。


 似て非なるものではあるが、フィオナはレイを死地へと送り込んだロンバードのような雰囲気をイヴァンジェリンから感じていた。


「……分かりました、もういいです。あなたなんかにレイ兄さんを好きなようにはさせない、レイ兄さんはあたしが守る」

「ほざくじゃないか、"裏切り者"の娘が」


 感情をどこかに落としたような声で紡がれた言葉に、フィオナは思わず後ずさってしまう。

 フィオナは友達が出来なかったせいでケンカをした事もなければ、誰かに暴力も振るった事はなかった。

 しかし今相対している人間は経済戦争を左右できる兵器を生んだ人間であり、フィオナの知らない暴力を知っている人間なのだ。


 スカートを握っているフィオナの手が恐怖から震え始めたその時、フィオナの背後から投げ掛けられた硬質な響きを持った声が2人の間に割って入る。


「随分と興味深い話をされていますのね」


 そう言ってどこから面白そうに言葉を紡いだのは、気品を感じさせる歩みで現れたエリザベータだった。

 よほど急いでいたのかハーフアップに纏められた金髪は乱れ、白磁のような肌には汗が浮かんでいる。


「……困るよ、ジェーブシュカ。レイ以外の屋敷内での武装は禁止しているんだ」


 エリザベータの手には見覚えのあるワルサーPPKが握られており、イヴァンジェリンはルール違反であるその行動にあきれ果てたような深いため息をつく。

 しかしエリザベータは得意げな笑みを浮かべて、銃を持った右手を見せ付けるように上げる。


「これはそのレイさんに預けられた物でしてよ。それよりもお話を続きを聞かせていただけまして?」

「そんな事はどうでもいいし、過程も関係ない。君が銃を持っているのが問題なんだ、大体レイの事は心配じゃないのかい?」

「心配って……もしかして!?」


 その不穏な言葉に鸚鵡返したフィオナの顔が焦燥に歪む。

 その事態を把握していなかった訳ではないが、イヴァンジェリンが援護をしている様子すら見せていない現状は考える限り最悪のものだったのだ。


「リベリオンとD.R.E.S.S.数機がさっきまで戦闘をしていた。ジェーブシュカの性格なら騒ぎ立てると思っていたけど、愛想でも尽きたのかい?」

「お黙りなさい」


 どこか挑発するようなイヴァンジェリンの言葉を、エリザベータはたった一言の言葉で切り捨てる。

 互いに銃口を向ける事はしないが、広がり始めた剣呑な空気は敵意と疑念を孕んでいた。


「レイさんが仰っていましたわ。”もうすぐ全てが解決する”と、小玲さんに”生きてもらわなければならない”と。あなたはあの方にこれ以上、何を背負わせるおつもりですの?」


 問い掛けの言葉とは裏腹に、エリザベータの透き通るような碧眼はイヴァンジェリンのピジョンブラッドの瞳を射抜くように見つめる。


 エリザベータは知っている。


 モスクワで肩を撃ちぬかれながらもレイが、イヴァンジェリンの与える任務に従事しようとしていた事を。

 捕らえられたイヴァンジェリンを救う為に、レイが育ての父を殺した事を。

 過去との因縁に決着をつけ、ようやくレイが自身の人生を歩み出せた事を。


 だからこそエリザベータは、その歩みを止めさせようとする存在を許すわけには行かないのだ。

 レイの胸の火傷はその痕を僅かに残しつつ消えているが、誰が見ても信頼を寄せていると分かるイヴァンジェリンからの裏切りは例に消えない傷を残すだろう。


 その苦しみはエリザベータには理解出来ない。


 それでも"自分はもう必要ない"と言わんばかりのレイの言葉が、エリザベータをただ焦燥させていた。


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